大相撲

あまりにもさびしい白鵬の表彰なき優勝

2014年10月29日

白鵬31回の優勝は大鵬も千代の富士も味わったことの
ない苦渋に満ちた優勝があったことをご存知だろうか。
ことの始まりは2010年五月場所中に発覚した野球賭博で
ある。それが暴力団の資金源になったこと、暴力団が
向こう正面溜まり席で観戦してテレビを通じて刑務所の
ボスに自分たちの姿を発信していたことなど不祥事が
明るみになった。

野球賭博に関与した力士は解雇、出場停止処分を受けた。
そんな事件を経て、開催が危ぶまれた七月場所はなんとか
実現したが、大相撲中継はなく、ハイライトのみであった。

会場の放送席のスペースは実況放送がなくても以前と
変わらず存在した。電光掲示板では休場力士の岩木山と
謹慎力士の名前が混在していた。きちんと区別しないと
誤解を招きかねない状態であった。

協会挨拶は村山理事長代行が土俵にあがった。自分の言葉で
お詫びとこれからの出直しを語った。毎回、決まり文句の挨拶
よりはるかによかった。
白鵬3
<村山理事長代行が協会ご挨拶>
 
こうした状況の場所で白鵬が15度目の優勝を達成した。
しかし、事件のあおりを受け、表彰は優勝旗のみであった。
白鵬2
<唯一の表彰式>

表彰なき優勝。こんなさびしい、むなしい優勝がかつて
あっただろうか。本来優勝は栄光に彩られ、各表彰・
賞金・商品とともにその名を永遠に歴史に刻む栄誉に
包まれるものであるはずだ。白鵬は「この国の横綱として、
力士の代表として、天皇賜杯はいただけたらなとつくづく
思う」とつらい心情を吐露している。やりがい、充実感、
達成感なき優勝になってしまった。
白鵬1
<優勝インタビューで心境を語る白鵬>
 
土俵上では優勝旗のみを受け取る白鵬のさびしげな姿が
印象的だった。表彰なき優勝を永遠に忘れないとともに
知らない方にも伝えたい。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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