花籠部屋は、元大ノ海が二所ノ関一門の分家として興し、横綱初代若乃花・輪島と大関魁傑を育てた部屋である。1981年3月に輪島が部屋を継いだが、年寄名跡を借金の担保にしたことで協会を追われ、部屋の力士は元魁傑の放駒部屋へ移って、花籠部屋は消滅した。
田口 通廣が2023年2月に書いた連載「続 消えた横綱の部屋」の2回目。花籠の名跡はいま元関脇太寿山が継いでおり、2026年9月27日に確認した協会の年寄一覧では高田川部屋の所属である。協会の相撲部屋一覧に花籠部屋は無い。
花籠部屋の成り立ち|元大ノ海が二所ノ関一門の分家として独立
二所ノ関一門の繁栄は、分家を奨励し、弟子の育成を図ってきたことにある。この方針は元玉ノ海の二所ノ関のときに打ち出された。部屋持ちにならないとおべっかを使うことになる光景に嫌気がさし、弟子の光は七光にした、と田口は書いている。
戦後、元大ノ海の芝田山、のちの花籠は、その方針のもとで独立した。大ノ海は横綱玉錦の二所ノ関部屋の弟子で、幕下以下のころは若ノ花と名乗っていた(現代相撲部屋の系統5)。
元大ノ海の現役時代の最高位は前頭3枚目である。それでも横綱2人・大関1人を育てたことを、田口は2022年の記事で「2横綱・1大関を育てた花籠(元大ノ海)は最高位前頭3枚目であった」と書いている(相撲部屋最新事情)。
初代若乃花と七若|スパルタで築いた最初の黄金時代
元大ノ海の花籠は、栃錦とともに時代を築いた若乃花をスパルタで名横綱に育てた。若乃花の稽古はすさまじく、目にした者はその後どんな稽古を見ても驚くことはなかった。
ほかに若ノ海、若秩父、若三杉(のちの大豪)、若ノ國、若天竜、若駒などを育て、彼らは七若と呼ばれた。若乃花はのちに花籠部屋から独立し、二子山部屋を興している(消えた横綱の相撲部屋⑤ 二子山部屋と振分部屋)。

輪島と魁傑|2度目の黄金時代
花籠部屋は一時期、竜虎しかいないときがあった。だが、再び黄金時代を迎える。初代若乃花から約15年4カ月後、花籠は2人目の横綱として輪島を育てた。
輪島は2年連続の学生横綱で、大学は日大である。田口がこの記事を書いた2023年2月の時点では、唯一の学生出身横綱だった。2025年には日体大出身の大の里が横綱に昇進し、輪島に次ぐ2人目の学生出身の横綱になっている(輪島対大の里もし戦えば)。
花籠はさらに、日大を中退した柔道部出身の魁傑を大関にし、輪島の2年後輩で日大相撲部の荒勢を関脇に育てた。ほかに日大出身の大ノ海もいた。部屋を興した元大ノ海と同じ四股名である。

▶ 花籠部屋の横綱輪島の生涯は→輪島大士とは|学生出身初の横綱、優勝14回と70歳で死去するまでの栄光と波乱
輪島が継いだ花籠部屋はなぜ消えたのか
花籠が定年を迎えた場所で輪島が引退し、花籠部屋を継いだ。1981年3月のことで、師匠の先代花籠は約半年後に急逝している。
田口は、引退後の輪島はスキャンダルの連続だったと書いている。師匠の娘と結婚したが家庭内がうまくいかず、部屋には住まずに近くのマンションから部屋に通うありさまだった。
決定的だったのは、年寄名跡を借金の担保にしたことである。妹のちゃんこ店の経営が失敗し、借金を申し込んだ際に花籠の株を提供した。そのため、協会を追われることになった。
輪島は小結まで育てた花乃湖に部屋を譲ろうとしたが、かなわなかった。部屋の力士は元魁傑の放駒部屋へ移り、輪島は離婚して協会を去った。こうして輝かしい歴史の花籠部屋は消滅した。
年寄株を担保にした者はほかにもいた。元金剛の二所ノ関で、田口は輪島ほど厳しい処分にはなっていないと書いている。

花籠部屋のその後と、花籠の名跡のいま
花籠部屋の力士を全員引き受けた放駒部屋は、元大ノ海の花籠部屋から元魁傑が独立した部屋である。その放駒部屋から元大乃国の芝田山部屋が独立し、元魁傑の放駒の定年のときに力士は芝田山部屋に移った(現代相撲部屋の系統10)。
田口は2026年2月の記事で「現在この系統で残っている部屋は芝田山部屋だけである」と書いている。芝田山部屋の力士は芝田山部屋の力士一覧にある。
花籠の名跡は、いま元関脇太寿山が継いでいる。2026年9月27日に確認した協会の年寄一覧では花籠親方は高田川部屋の所属で、協会の親方プロフィールでは現役時代の所属部屋は二子山とある。協会の相撲部屋一覧に花籠部屋は無い。
| 師匠 | 主な力士・できごと |
|---|---|
| 元大ノ海(芝田山のち花籠) | 横綱初代若乃花、横綱輪島、大関魁傑、関脇荒勢。若乃花のころの七若(若ノ海・若秩父・若三杉〈のちの大豪〉・若ノ國・若天竜・若駒) |
| 元輪島(花籠) | 1981年3月に継ぐ。小結花乃湖を育てたが協会を追われ、力士は元魁傑の放駒部屋へ移って部屋は消滅 |
| 名跡のいま | 元関脇太寿山の花籠親方(高田川部屋の所属)。花籠部屋は無い(2026年9月27日、協会の年寄一覧・相撲部屋一覧) |
花籠部屋についてよくある質問
Q. 花籠部屋はなぜ消えたのですか?
部屋を継いだ輪島が、年寄名跡の花籠の株を借金の担保にしたためです。輪島は協会を追われ、部屋の力士は元魁傑の放駒部屋に移って、花籠部屋は消滅しました。
Q. 花籠部屋を興したのは誰ですか?
元大ノ海です。芝田山を名乗ったのちに花籠となり、二所ノ関一門の分家として独立しました。現役時代の最高位は前頭3枚目です。
Q. 花籠部屋からはどんな力士が出ましたか?
横綱初代若乃花と横綱輪島、大関魁傑、関脇荒勢らです。若乃花のころの若ノ海・若秩父らは七若と呼ばれました。
Q. 輪島はいつ花籠部屋を継ぎましたか?
1981年3月です。師匠の花籠が定年を迎えた場所で引退し、部屋を継ぎました。
Q. 花籠部屋はいまありますか?
ありません。2026年9月27日に確認した協会の相撲部屋一覧に花籠部屋は無く、花籠の名跡は元関脇太寿山の花籠親方(高田川部屋)が継いでいます。田口は、この系統で残っている部屋は芝田山部屋だけだと書いています。
連載の前の回は鏡山部屋(横綱柏戸)、次の回は間垣部屋(横綱2代目若乃花)である。
▶ 消えた横綱の部屋シリーズ
〔元祖・常陸山〜朝潮〕①雷・東関(梅ヶ谷・太刀山) | ②宮城野・井筒(鳳・西ノ海) | ③芝田山・二所ノ関(宮城山・玉錦) | ④伊勢ヶ濱・立田川(照國・双葉山・鏡里) | ⑤二子山・振分(初代若乃花・朝潮)
〔続編・大鵬以降〕続①鏡山(柏戸) | 続②花籠(輪島)(本稿) | 続③間垣(2代目若乃花) | 続④藤島・貴乃花部屋(貴乃花)
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