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横綱その永眠

七月場所中に元横綱2代目若乃花の訃報が報じられ
た。判明したのは18日だったが、亡くなられたのは
16日であった。昨年4月から肺がんの闘病生活が続い
て悪化していたという。まだ69歳だった。

2代目若乃花といえば、その素材・素質から横綱を
期待される逸材であった。その通り横綱にかけあがっ
た。元安藝ノ海は「北の富士級の横綱になれる」と
語っていたが、優勝は4回ともう一つ開花しなかっ
た。大関から横綱にかけあがった昭和53年には年間
78勝12敗をあげている。

<2代目若乃花>

師匠二子山(初代若乃花)の娘をもらったが、意中の
女性がいて離婚している。引退後は間垣部屋をおこ
し、独立した。部屋は師匠の杉並区の部屋から離れ、
両国にかまえている。五城桜や若ノ鵬を育てた。照ノ
富士の入門部屋でもあり、若三勝の名で取っていた。

53歳の時脳溢血で倒れ、車椅子生活になった。56歳の
とき貴乃花の理事を支持したことで二所一門から阻害
されるようになった。指導がままならないことから、
59歳のとき部屋を閉じ、同郷青森の元旭富士の伊勢ヶ
濱に弟子を託し、自身も同部屋所属となった。60歳の
時協会を退職した。その後消息を聞くことはほとんど
なかった。

<2代目若乃花>

2代目若乃花の69歳死去は横綱が実質地位化した常陸
山以降どのような位置付けになるのか。戦前は人生70
古来まれなり、といって70歳以上生きる方は珍しかっ
た。隠居は55歳くらいだった。双葉山、羽黒山、前田
山が立て続けに50代で亡くなられると横綱は短命と
思われた。常陸山以降年齢別永眠は以下となった。

20代 1人
30代 1人
40代 5人
50代 16人
60代 10人
70人 3人
80代 3人

20代・30代は現役で死亡した玉の海、玉錦である。
50代、60代に集中している。戦後誕生した横綱もまだ
まだ短命である。常陸山以降の横綱で80歳以上は
鏡里、初代若乃花、栃ノ海だけである。なお、解説の
北の富士さんは80歳で健在である。

<元初代若乃花の二子山理事長>

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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