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横綱の連続優勝なし場所数6

曙は横綱不在のとき誕生した横綱である。
外国人初であった。大関小錦のとき、外国人
横綱はいらない、という文が発表されたこと
があった。それをめぐって外国人差別だと
騒動がおきた時代であった。そういうクッ
ションがあったことと、曙が連続優勝した
ことで、横綱昇進はスムーズに行われた。

<曙>

曙は横綱で8回優勝している。23歳と若く
して横綱になったこともあり、横綱在位は
48場所に及んだ。そのため、横綱の連続優勝
なしが長期に及ぶことがあった。最初は1995
年の九月場所から始まった10場所連続優勝
なしがある。だが、これだけで終わらなかっ
た。1997年七月場所から18場所連続優勝なし
を記録している。これが大乃国の連続20場所
優勝なしに次いでワースト2の記録になった。
なお、照國・吉葉山の17場所連続優勝なし が
ワースト3位である。

貴乃花は横綱昇進規定の2場所連続優勝に
泣かされた横綱であった。14勝優勝-13勝-
12勝、14勝優勝-11勝-14勝優勝、14勝優勝
-11勝-15勝優勝で横綱になれなかった。
師匠であり、父でもある二子山(元貴ノ花)
は「りっぱな成績だと思うけどねえ」と嘆い
ていた。

<貴乃花>

貴乃花は横綱49場所中15回優勝している。
貴乃花の横綱連続優勝なし、というと武双山
戦での致命的なケガ以降を思い浮かべるかも
しれない。ケガをおして臨んだ武蔵丸との
優勝決定戦で劇的な優勝を成し遂げた。小泉
首相(当時)が「痛みに耐えてよくがんばっ
た」と表彰状を読んだほどであった。2001年
五月場所のことであった。翌場所から貴乃花
は全休が続いた。以降優勝はなかった。この
時期の横綱の連続優勝なしは10場所であった。

実は、貴乃花にはこれ以上の横綱連続優勝
なしの時期があった。1998年十一月場所から
13場所連続優勝なしを記録している。2年
1場所に渡った。7場所が休場を含め、9勝
以下の場所であった。26歳から28歳のときで
あった。

<若乃花>

3代目若乃花の横綱の寿命は2年であった。
優勝同点はあったものの、横綱としての優勝
はついになかった。横綱連続優勝なしは、
そのまま12場所となった。

武蔵丸は横綱を想像しにくかった。大関在位
が長く、このままいくと思われた。だが、
8勝-13勝優勝-13勝優勝と連続優勝して
横綱に昇進した。2人目の外国人横綱であっ
た。大関在位は32場所に及んだ。これは横綱
になった大関在位として、琴櫻と並ぶ数字で
ある。

<武蔵丸>

武蔵丸は横綱在位27場所中7回優勝している。
晩年は休場が多かった。その時期7場所連続
優勝なしがある。全休が4場所、途中休場が
2場所、場所中の引退が1場所と皆勤がまっ
たくなかった。時代は朝青龍へと移っていっ
た。

(この項目続く)

昼食は、おにぎりが多くなってきています。
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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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