大相撲

新大関3場所の通信簿1

2020年5月9日

新大関朝乃山の初陣は五月場所の中止で先送
りになった。新大関ともなると通常はひいき
筋にひっぱりまわされることがあるが、新型
コロナウイルスの影響でそれはなさそうで
ある。心配は稽古である。出稽古、申し合い、
ぶつかりといった本格的な稽古がいつ解除に
なるのか。それが朝乃山の新大関の成績に
関ってくる。

<朝乃山>

これまで新大関の場所は取り上げられ、誰が
優勝したかは比較的よく知られている。そこ
で範囲を3場所まで広げてみた。3場所の
成績だとどのような通信簿に変わるか。最高
位大関と最高位横綱に分けて新大関3場所の
通信簿を出してみた。対象は優勝制度が始ま
った大正15年以降に誕生した大関とした。

まず、15日制が定着する以前に新大関を迎え
た力士からみていこう。戦前と戦後直後の
混乱期がそれに該当する。もっとも、昭和
14年夏場所から昭和19年春場所までは15日制
であった。これに該当するのが、五ッ嶋、
名寄岩、羽黒山、安芸ノ海、照國である。

最高位大関の表をみると実に休場が多いこと
がわかる。休場がない力士は常陸岩、清水川、
鏡岩だけである。成績の3場所合計の数字は
常陸岩が最もいいが、取組が東西制である。
清水川は系統別だから実質は清水川が優って
いる。常陸岩は大関3場所目、清水川は大関
2場所目に優勝している。清水川はこのあと
4場所後にも優勝している。杉山桂四郎氏は
清水川を昭和唯一の名大関として記述して
いる。

<清水川のブロマイド>

鏡岩はいかにも成績がふるわず、6場所と
短命であった。増位山が大関2場所目に優勝
しているが、大関在位は4場所と鏡岩以上に
短命だった。五ッ嶋はさらにその上をいって
大関在位は2場所であった。2場所とも負け
越しに終わっている。佐賀ノ花は新大関の
3場所合計の成績が負け越している。結局、
鏡岩、五ッ嶋、名寄岩、佐賀ノ花、汐ノ海は
大関から落ちている。

最高位横綱の新大関3場所ともなると、数字
は跳ね上がってきている。休場があるのは
羽黒山だけである。玉錦は3場所間に2回
優勝している。玉錦はこのあとも優勝し、
大関で3連覇しながら、横綱になれなかった。
双葉山は大関2場所全勝で横綱に昇進した。
双葉山は69連勝の途上であった。

<双葉山のブロマイド>

双葉山、玉錦についで成績がいいのが、照國
である。照國も大関2場所で横綱に昇進して
いる。白鵬が新大関で優勝したとき、大関
2場所で横綱か、と騒がれたが、実現しなか
った。男女ノ川は新大関の場所を負け越して
いる。しかし、大関4場所で横綱に昇進して
いる。

<男女ノ川のブロマイド>

新大関の通信簿を3場所まで広げると今まで
と違ったものが、みえてきそうである。

(この項目続く)

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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