大相撲

霧馬山の出世街道

2019年12月25日

「陸奥部屋に霧馬山あり」は早くから言われ
ていた。陸奥(元霧島)部屋から霧の若以来
の関取が出るとしたら霧馬山しかいない、と
見られていた。その霧馬山がついに入幕を
果たした。モンゴル出身の幕内力士としては
26人目である。霧馬山はどんな出世街道を
歩んできたのか。
霧馬山A
陸奥親方が、5人のモンゴル人を体験入門
させて選んだ男が霧馬山であった。もっとも
相撲の経験はなく、柔道出身だった。それで
も序ノ口、序二段、三段目優勝、幕下と順調
に出世した。幕下入りしたものの、ここで初
の負け越し。再び三段目へ。2場所で幕下へ
復帰したが、ここで最初の試練に出くわす。
151122千秋楽十両幕下以下 944
<2015年11月 三段目で優勝>

稽古中に左膝内側側副靭帯部分断裂で1場所
全休となった。再び三段目に降格したが、
1場所で幕下に戻ってきた。3度目の幕下で
ある。幕下といえば体もでき、技もある程度
身についている。霧馬山の二進一退が始まる。
と思ったら、再び霧馬山に試練が襲った。
左手小指付近を手術したのである。出場して
みたものの相撲が取れず、このあと6休と
なった。
181118.八日目幕下 969
<2018年11月幕下時代 若元春を寄り切る>

3度目の幕下で2年2場所かかって十両入り
を決めた。その間幕下優勝をしている。序ノ
口から22場所を要した。3年4場所だから
早いほうである。ちなみに鶴竜は24場所かか
っている。霧馬山の幕下以下の成績は94勝
47敗13休○34である。
190310初日幕下 279
<2019年3月 新十両>

十両は5場所で通過した。負け越し1場所、
2ケタ勝利2場所である。184センチ、129
キロ。重量級全盛の大相撲では軽い部類に
入る。得意技は左四つ、寄り、投げである。
23歳の若武者は幕内でどんな相撲をみせる
のか。注目の新入幕である。

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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