MENU

【7月22日】関脇以下の優勝力士キラー6

昭和49年五月場所から57年一月場所までの
優勝力士キラーをみていこう。ただし、横綱・
大関と対戦のない平幕優勝力士及び横綱・
大関と部分対戦の平幕優勝力士に勝った力士
は、対象外とさせていただいた。この時期は
輪湖時代から北の湖時代、さらに千代の富士
が台頭し始めてきた。
昭和40、50A
昭和50A
ここにきて関脇以下で優勝力士に5度勝った
力士が3人現れた。1人目は技能派栃東で
ある。栃東は昭和43年五月場所大関玉乃島に
最初に勝ってから横綱大鵬、再び大関玉乃島、
そして大関北の富士と続く。優勝北の富士に
勝ったのは、昭和44年十一月場所だから1度
目から4度目までは1年4場所しかかって
いない。しかも4度とも三賞を獲得している。
栃東
<栃東>

ところが5度目は昭和50年七月場所と5年
4場所後なのである。勝った優勝力士は平幕
上位の金剛である。この場所栃東は負け越し
ている。当然三賞もない。30歳で晩年であっ
た。9場所後に引退している。
2人目は若三杉、後の2代目若乃花である。
昭和49年十一月場所、小結魁傑に勝ったのを
皮切りに、横綱北の湖に3度、輪島に1度
勝っている。若三杉は早くから期待される
逸材だった。元安藝ノ海は「若三杉は北の
富士級の横綱になれる」と語っていた。若三
杉が最初の優勝力士から最後の優勝力士の
勝利まで2年2場所という短期間である。
1度だけ負け越しがある。優勝力士からの
最後の勝利となった昭和52年一月場所後に
大関に昇進している。
若
<若三杉>

3人目は高見山である。昭和47年三月場所
関脇長谷川戦が優勝力士に勝った最初である。
輪島には強く、2度勝っている。北の湖から
も2度勝利している。5度目は昭和53年九月
場所だから、6年4場所かかっての達成で
あった。惜しいのは5度のうち3回は負け
越していることである。
高見山
<高見山>

なお、関脇以下の優勝力士キラーで、優勝
力士側として登場する輪島・北の湖だが、
関脇以下で優勝力士に勝ったことは1度も
ない。

鉄腕アトム 地上最大のロボットを
読みました。

興味深いテーマをこれからもお届けします。
マーク2カ所をクリックして支援して
ください。

よしなに
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
にほんブログ村 

相撲 ブログランキングへ 

↑↑↑↑↑↑↑↑ 


ブログランキング

当サイトはブログランキングに参加しております。記事をよんでいただいたら、以下バナーをクリックいただくと、ランキングに反映されます、1日1クリックよろしくおねがいします
にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

目次