隆の里は第59代横綱で、引退後は鳴戸親方として稀勢の里を育てた。監察委員として福岡国際センターの観客席に座り、ビデオデッキが壊れるほど力士の取り口を研究する親方だった。相撲記者・田口 通廣が、九州場所の会場で親方と交わした会話をもとにその素顔を書いている。
※田口が2017年7月に書いた回想。代数・出身地・横綱在位・優勝回数は日本相撲協会の歴代横綱の一覧(2026年9月27日確認)による。
隆の里とは|第59代横綱、稀勢の里の師匠
日本相撲協会の歴代横綱の一覧では、隆の里は第59代横綱で、下の名は俊英、出身地は青森県青森市。横綱在位は昭和58年9月から昭和61年1月まで、優勝は4回となっている。
引退後は鳴戸親方として、稀勢の里の師匠になった。

福岡国際センターの観客席で
その男は、まだお客さんがまばらな福岡国際センターの観客席に座っていた。担当は監察委員。観客席にいたため、元隆の里の鳴戸親方は福岡では身近な存在だった。
そんな親方の話を聞こうと、記者が周囲を取り囲む光景をよく見かけたという。
近くのいす席で撮影していた田口に、親方はカメラのことを興味深く尋ねてきた。使っていた望遠レンズでどう見えるのかをのぞき、弟子の若の里をパチリと撮影した。
田口が、部屋の幕下・隆の山に特に注目していると話したこともある。佐田錦に仕掛けた掛け投げは豪快そのものだった。

「いやいや、そんな有名ではありませんでしたから」
親方は、観客からたまに「現役時代はなんと言う名前でしたか」と聞かれることがあった。
そのたびに、天下の元横綱は「いやいや、そんな有名ではありませんでしたから」と答えていたという。
ビデオデッキが壊れるほどの研究
あるときは、ビデオデッキの再生と停止を激しく繰り返して故障させた話を聞かされた。電気店に「どうしたらこんな故障になるのですか」と聞かれたという。
力士の取り口を熱心に研究しようとした結果だった。横綱の土俵入りのあと取組が始まるまでの間にも、何かできればいいんだけれど、と気にとめていた。
稀勢の里が白鵬の連勝を止めた日の写真
平成22年十一月場所2日目は、弟子の稀勢の里が白鵬の連勝を63で止めた歴史的な日だった。
田口は、その記念すべき一番の連続写真45枚ほどをA4サイズにして、場所中に親方へ贈った。その写真は今でも稀勢の里の手元にあるのだろうか、と田口は書いている。
よくある質問
Q. 隆の里とはどんな力士ですか?
A. 第59代横綱。日本相撲協会の歴代横綱の一覧では、出身地は青森県青森市、横綱在位は昭和58年9月から昭和61年1月まで、優勝は4回である。
Q. 隆の里と稀勢の里の関係は?
A. 隆の里は引退後に鳴戸親方となり、稀勢の里の師匠だった。
Q. 稀勢の里が白鵬の連勝を止めたのはいつですか?
A. 平成22年十一月場所2日目。弟子の稀勢の里が、白鵬の連勝を63で止めた。
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