大相撲

大相撲から消えたモノ

以前庄之助が消えたと書いた。伊之助が庄之助にな
ることはなさそうとも書いた。差し違いが多く、力
士との接触をよくするなど庄之助にふさわしくなか
ったからである。だが今度庄之助になるという。

<伊之助から庄之助へ>

だが、これは花道のようである。伊之助は来年の9
月で定年である。最後の1年だけの庄之助となるわ
けである。実に意外なカタチで庄之助が復活するこ
とになった。

コロナによって自由席はなくなった。だが、コロナ
後になっても復活はなかった。これはこれでよかっ
たかもしれない。自由席を求めて何時間も前から並
ぶことがなくなった。また、協会側はそのための担
当をおく必要がなくなった。

かつて国技館では15日間通しの自由席券があった。
家族間でうまく使っている方もいた。今となっては
遠い昔のことになってしまった。

<国技館>

九月場所といえば台風がつきもであった。今年に限
ってまったく影響は受けなかった。そのかわり夏の
暑さが続き、格好は七月場所とかわらなかった。

台風のときは秋葉原からタクシーで国技館にのりこ
んだことがあった。帰宅は3時間かけて帰ったこと
があった。

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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