大相撲

■23春初日 貴景勝暗雲のスタート

横綱照ノ富士休場で今場所も結びの一番を取る貴景
勝。結びは小結との対戦になるのが慣例。小結は4
人いるがよりによって翔猿になるとは。貴景勝はこ
こ2場所12勝している。逆にいうとここ2場所3敗
していることになる。そのなかで2連敗している
力士が翔猿である。その翔猿との対戦になるとは。
これも運命か。

<翔猿対貴景勝1>

貴景勝は横綱のチャンスを生かしたい旨の発言をし
ていた。横綱を目指す者は苦手をつくってはいけな
い。

相撲は、貴景勝がいっきの押しに出た。うるさい翔
猿に動きまわらせないためだから、この戦法は悪く
ない。だが、東土俵で前に落ちた。決まり手は翔猿
のはたき込みであった。貴景勝の敗因は出足がとも
なわなかったことである。痛恨の1敗である。

<翔猿対貴景勝2>

栃錦は初日に負けて3回優勝している。栃錦は相撲
にかける執念が違っていた。本人は初日に負けると
「ああ、今場所は14勝1敗か」と思ったという。貴
景勝はこのあと大丈夫なのか。2回目の優勝のあと
は負けが込んで途中休場してしまった。横綱・大関
がいないとなると大相撲は支柱を失うことになる。

<翔猿対貴景勝3>

貴景勝は大関の責任を果たすべき立場にある。2日
目は初日若隆景を根負けせずに最後まで粘って勝利
した玉鷲戦である。対戦成績は13勝8敗(不戦敗含
む)と油断はできない。貴景勝の必死の土俵は続く。

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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