大相撲

令和の新小結・新関脇

2022年8月17日

きたる九月場所の番付、新小結・新関脇の誕生はなさ
そうである。新小結・新関脇は新しい力の表れとして
注視される。令和は新入幕力士が寂しかった。令和は
19場所を終えた。新小結・新関脇はどのくらい誕生
したのか。

令和元年は4場所であった。七月場所、阿炎・竜電が
新小結として登場した。後に出場停止になった二人が
そろって新小結になったのは皮肉である。令和元年は
五月場所からだが、朝乃山の平幕中位優勝とともに
始まった。その朝乃山が十一月場所に新小結になって
いる。

<朝乃山初優勝>

さらに令和2年一月場所、大栄翔が新小結に、朝乃山
は新関脇に昇進している。新大関は五月場所が中止の
ため、七月場所からだった。朝乃山は新小結から短期
間で大関にかけあがったことになる。九月場所大栄翔
が、十一月場所隆の勝が新関脇に昇進している。上位
に定着する地力の力士が浮上してきていた。

<大栄翔>

令和3年地方場所復帰の最初となった七月場所、若隆
景・明生が新小結に昇進した。明生は翌場所新関脇に
なっている。十一月場所に霧馬山が新小結になって
いる。新しい力の台頭を予感させる面々である。

令和4年の今年、三月場所で若隆景、出場停止から
復帰を果たした阿炎がともに新関脇に位置した。若隆
景が優勝したのは記憶に新しい。また、この場所豊昇
龍が新小結になって維持し続けている。

<若隆景初優勝>

令和の新小結は8人、新関脇は6人 実数は9人で
ある。19場所で9人。上位に定着しているのは竜電、
朝乃山を除くと7人である。19場所で7人は1年で
2.2人である。次の大関はこのなかから出るのだろう
か。

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denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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