大相撲

白鵬10大記録1 優勝回数

白鵬引退報道から1週間が経過した。土俵
生活20年と5場所、白鵬は数々の偉大な功績
を築いてきた。記録の価値判断は人それぞれ
であるが、ここでは独断と偏見で選ばせて
いただいた。第1回は誰もが知る数字、優勝
回数45回にふれてみたい。まず優勝回数3傑
である大鵬・千代の富士・白鵬の年齢別優勝
回数をみていただきたい。

初優勝から10年目で大鵬は31回優勝、千代の
富士は30回優勝、白鵬は35回優勝とリード
している。40回目の優勝は白鵬32歳のときで
ある。そこから3年5場所かけて4回プラス
してきたのである。白鵬の45回優勝は大鵬に
13の差をつけて断然のトップである。貴乃花
の22回優勝の倍以上の優勝回数なのである。

<2006年5月 初優勝>

優勝回数は大鵬が出現する以前は双葉山の
12回が最高だった。双葉山は年2場所制の
横綱であり、戦後場所数が増えても誰も抜け
なかった。栃錦、若乃花の10回が双葉山に
次ぐ優勝回数であった。6場所制の申し子
大鵬は若くして横綱になり、双葉山の12回を
抜くのは時間の問題であった。大鵬は最終的
に32回まで優勝回数をのばした。一代年寄は
30回優勝のあとに決定された。

<2014年5月黄金のまわしでV14>

大鵬が引退したとき優勝回数は不滅と思われ
た。怪童北の湖は大鵬より少しだけ若くして
横綱になったが、優勝は24回止まりだった。
千代の富士が横綱として登場したときは、
大鵬の優勝回数に迫るとは誰も思っていな
かった。横綱になった年齢が26歳だったから
だ。だが、千代の富士は驚異的にも36歳直前
まで相撲を取った。優勝回数は31回まで到達
した。

<2015年1月 33回目の優勝>

白鵬が横綱になったとき将来45回優勝する
とは想像できなかった。白鵬の強みは横綱
フル出場場所が65場所あったことだ。休場
場所は19場所である。それも晩年が多かった。
ちなみに大鵬は横綱フル出場が45場所、休場
場所が13場所(場所中の引退場所を含む)で
ある。千代の富士は横綱フル出場が47場所、
休場場所が12場所(場所中の引退場所を含む)
である。

<2021年7月 白鵬最後の優勝>

45回優勝。この記録は50年あるいは100年
破られないのでは。若くして横綱になり、
横綱生命が長い力士が最低条件になる。双葉
山の69連勝は82年以上たっても破られていな
いし、今後連勝に挑戦する力士は出現しそう
もない。だから白鵬の優勝記録更新は50年
あるいは100年ないは、けしてオーバーに
いっているのではない。優勝45回は白鵬の
偉大な記録である。

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興味深いテーマをこれからもお届けします。

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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