一山本は元公務員で、中央大学を卒業して北海道の福島町役場に就職し、役場では相撲の指導者として教えていた。23歳で大相撲入りを決め、年齢制限を超えていたため実績のある者の特例で新弟子検査を受けて入門した。序ノ口優勝から25場所、27歳で新入幕を果たしている。
※相撲記者・田口 通廣が新入幕の決まった2021年6月に書いた記事をもとに、今の所属と番付を日本相撲協会の力士プロフィール(2026年9月27日確認)で補った。

一山本は元公務員|福島町役場で相撲を教えていた
大学を卒業した一山本は、北海道の福島町役場に就職した。福島町は千代の山・千代の富士の出身地である。
役場では、今度は相撲の指導者となって教えていた。しかし、まだ23歳と若い。もう一度真剣に相撲に取り組もうと考え、大相撲への入門を決意した。
公務員を辞めるにあたって、両親は反対したという。
23歳を超えて入門できた理由|新弟子検査の年齢制限と特例
当時の新弟子検査には23歳という年齢制限があり、一山本は23歳を超えていた。
その一方で、相撲やほかの競技で実績がある場合は、理事会が承認すれば25歳未満でも新弟子検査を受けられる規定があった。こうして一山本は元若嶋津の二所部屋に入門した。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 山本 大生 |
| 出身地 | 北海道岩内郡岩内町 |
| 大学 | 中央大学 |
| 前職 | 福島町役場(相撲の指導) |
| 初土俵 | 平成二十九年一月場所 |
| 新十両 | 令和元年七月場所 |
| 新入幕 | 令和三年七月場所 |
| 最高位 | 前頭筆頭 |
| 所属部屋 | 放駒 |
相撲少年から中央大へ|中学時代には矢後と対戦
一山本は相撲少年だった。3人兄弟の末っ子で、4つ違いの一番上の兄の影響を受け、小学2年生から相撲教室で相撲を身につけた。
相撲は中学、高校と続いた。中学時代には同郷(北海道)の矢後と対戦している。
大学は中央大学に進んだ。一山本は学生出身で、近大の朝乃山とは同学年である。
序ノ口優勝から新十両へ|幕下は11場所

前相撲を経て序ノ口で優勝し、序二段、三段目も1場所で突破した。幕下は11場所かかった。
本人は、公務員を辞めて入ってきたので、どうしても十両になりたかったと語っている。

田口は、この出世は決して遅くなく、通常ならむしろ早いほうだと見ている。ただ、学生出身としては時間がかかったほうで、北勝富士は序ノ口から7場所で新十両を決め、炎鵬は5場所で十両入りした。

十両3場所目のケガで幕下へ、そして新入幕
新十両のころの体重は123キロ。2019年七月・九月場所の十両2場所は9勝6敗とまずまずの成績を残し、霧馬山に2勝している。
迎えた十一月場所、十両3場所目に思いがけないことが待っていた。初日の旭大星戦でケガをしたのである。左ひざ関節捻挫で、この場所は2日目から休場し、番付は幕下まで下がった。
幕下では1場所を全休し、2020年三月場所から出場した。全休した場所を含めて幕下6場所を経て、2021年三月場所に十両へ復帰した(田口の表では、この幕下6場所は23勝12敗7休)。不運の後の幸運で、十両2場所で入幕となった。

十両8枚目で10勝5敗の入幕で、田口は「かなりラッキーな昇進」だったと書いている。序ノ口から25場所、まわり道はあったが27歳での新入幕だった。
当時の体重は136キロ、得意技は突き押し。日本相撲協会の力士プロフィールでは、2026年九月場所の番付は西前頭六枚目、これまでの最高位は前頭筆頭となっている。
よくある質問
Q. 一山本は公務員だったのですか?
A. そうである。中央大学を卒業後、北海道の福島町役場に就職し、役場で相撲の指導者として教えていた。23歳で大相撲入りを決めている。
Q. 一山本の出身大学はどこですか?
A. 中央大学。近大出身の朝乃山とは同学年にあたる。
Q. 23歳を超えていたのに、なぜ新弟子検査を受けられたのですか?
A. 当時の新弟子検査は23歳が年齢制限だったが、相撲やほかの競技で実績がある場合は、理事会の承認で25歳未満まで受けられる規定があったためである。
Q. 一山本の所属部屋はどこですか?
A. 入門したのは元若嶋津の二所部屋。2026年9月27日に確認した日本相撲協会の力士プロフィールでは、所属部屋は放駒となっている。
Q. 一山本は何歳で新入幕しましたか?
A. 27歳。序ノ口から25場所かかった。
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