大相撲

一山本の出世街道

一山本が予想に反して入幕を決めた。十両
8枚目で10勝5敗での入幕だから、かなり
ラッキーな昇進であった。一山本は相撲少年
であった。3人兄弟の末っ子だが、4つ違い
の一番上の兄の影響で小学2年生から相撲
教室で相撲を身につけていった。それは中学、
高校と続いた。中学時代は同郷(北海道)の
矢後と対戦している。大学は中央大学に進学
した。一山本は学生出身なのである。近大の
朝乃山とは同学年である。

卒業後は福島町役場に就職した。福島町は
千代の山・千代の富士の出身地である。役場
では今度は相撲の指導者となって教えていた。
しかし、23歳と若かったので、もう一度真剣
に相撲に取り組もうと思い、大相撲への入門
を決意した。

<序ノ口優勝>

本来新弟子検査は23歳という年齢制限があっ
た。一山本は23歳を超えていた。その一方で
相撲やほかの競技で実績がある場合、理事会
が承認すれば25歳未満でも新弟子検査が受け
られるという規定があった。こうして一山本
は元若嶋津の二所部屋に入門した。公務員を
辞めるにあたって、両親は反対したという。

<幕下時代 豊昇龍戦>

前相撲を経て序ノ口で優勝した。序二段、
三段目も1場所で突破した。幕下は11場所
かかった。本人は公務員を辞めて入ってきた
ので、どうしても十両になりたかった、と
語っている。出世はけして遅いわけではない。
通常ならむしろ早いほうである。ただ、学生
出身では時間がかかったほうである。北勝
富士は序ノ口から7場所で新十両を決めた。
炎鵬は5場所を要して十両入りした。

<新十両>

新十両のころは123キロだった。2019年七月・
九月場所の十両2場所は9勝6敗とまずまず
の成績を残した。霧馬山に2勝している。
迎えた十一月場所、十両3場所目は思いがけ
ないことが待ち受けてきた。初日の旭大星で
ケガをして休場に追い込まれたのである。
左ひざ関節捻挫であった。この場所2日から
休場した。番付は幕下まで下がった。幕下
1場所を全休して昨年(2020年)三月場所
から出場した。幕下6場所を経て、今年(2021
年)の三月場所十両に復帰した。不運の後の
幸運で十両2場所で入幕となった。

<2021年5月 琴勝峰に勝って10勝>

一山元は序ノ口から25場所かかって入幕を
果たした。途中まわり道があったが、27歳
での新入幕であった。136キロ、得意技は突き
押しである。幕尻だけに勝ち越しが求められ
る。

番付を前テーマに掲載しました。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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