大相撲

土佐豊の土俵歴

2021年2月26日

時津風が交代した。元時津海の時津風は協会
の新型コロナ対策のガイドライである外出
禁止に2度違反した。退職勧告の処分によっ
て協会を退職した。新しく時津風となった
のが元土佐豊である。親方になって5年経っ
ていた。新時津風となった元土佐豊は自主性
を重んじ、いい雰囲気でやっていければ、
と豊富を語っていた。土佐豊はどんな力士
だったのだろうか。改めて土俵歴を振り返っ
てみよう。

<時津風(元土佐豊)>

時津風部屋は東農大出身の力士が多い。土佐
豊も東農大出身者として時津風(元双津竜)
部屋に入門した。2007年五月場所、序ノ口で
番付に載ると快進撃が始まった。序二段三段
目幕下と7戦全勝で優勝した。次の幕下で
5勝2敗と勝ち越して十両入りを決めた。
この間30連勝した。これは幕下以下の連勝
としては最高記録である。現役の主な幕下
以下の連勝記録は次である。

<序二段時代の土佐豊>

佐久間山(常幸龍)27連勝
元林(欧勝龍)24連勝
竜電 22連勝
炎鵬 21連勝

<新十両>

土佐豊は十両では1度幕下落ちしたことも
あり、入幕までは時間を要した。2009年七月
場所新十両から8場所かかって入幕した。
幕内は連続19場所務めた。幕内上位は2場所
のため、それほど強い印象はなかったかも
しれない。ただ、2010年三月場所8日目大関
琴欧洲に勝ったのは光る1番だった。2011年
七月場所、その琴欧洲戦でケガをして初めて
休場することになった。全治3カ月だったが、
翌場所出場するも、大敗して十両落ちした。

<2010年3月大関琴欧洲から勝利>

幕内に1場所で戻ってきたが、すぐに十両
落ちした。2012年七月場所十両で負傷のため、
途中休場した。幕下に落ちて2場所、三段目
で1場所と3場所連続全休した。休場中は
リハリビに取り組んできた。そこから優勝
2回を含め、7場所かかって2016年五月場所
十両に戻ってきた。さらに十両で4場所かけ
て幕内にカムバックしてきた。2015年の一月
場所のことであった。しかし2敗13休と満足
に土俵を務められず、これが最後の幕内と
なった。ひざの状態は思わしくなかった。

<土佐豊幕内最後の一番徳勝龍戦>

十両2場所で幕下落ちした。幕下で1勝6敗
後2場所全休してひざの手術に踏み切った。
しかし、2016年一月場所、三段目で2勝5敗
と負け越して引退を決意した。30歳だった。
結婚は引退後であった。

土佐豊の最高位は前頭筆頭。三賞はなかった
が、ケガとの不撓不屈の戦いは、師匠人生に
生かされるに違いない。

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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