大相撲

地に落ちた時津風部屋

元時津海の処分が22日、日本相撲協会臨時
理事会で決定した。2番目に重い退職勧告と
なった。すでに本人から退職届けが出されて
おり、受理した。退職にあたり退職金30%減
が、あわせて発表された。処分となった要因
は外出禁止をうたった相撲協会の新型コロナ
ウイルス対策のガイドラインに対する2度目
の 違反である。報道によると元時津海の
一月場所中の外遊は以下である。
1月18日~22日 赤坂の雀荘に出入り
1月20日    新橋の風俗店来店
1月23日、24日 新橋のタイ式マッサージ店来店

<元時津海>

さかのぼれば昨年の秋、地方でゴルフコンペ
に参加して委員から年寄に降格されていた。
2度目はなかった、ということで今回の処分
となった。これで時津風は元双津竜とともに
2代続いて処分による師匠交代となった。
時津風部屋は元土佐豊の間垣が継ぐことに
なった。

<次期時津風の元土佐豊>

元時津海は現在49歳。在任期間は2007年10月
9日から2021年2月22日までの約13年4カ月
であった。他の時津風と比較してみよう。
現在の時津風部屋は双葉山がおこした部屋で
ある。

元双葉山1945年11.11~1968年12.16 約23年
元鏡里 1968年12.27~1969年2.7約2カ月
元豊山 1967年2.7~2002年8.16約33年6カ月
元双津竜2002年8.17~2007年10.5約5年1カ月
元時津海2007年10.9~2021年2.22約13年4カ月
元土佐豊2021年2月~

<双葉山のブロマイド>

双葉山は昭和16年5月に現役独立して双葉山
相撲道場をおこしている。現役引退とともに
時津風部屋に改称した。力士は横綱鏡里、
大関大内山・北葉山・豊山を育てた。元双葉
山の時津風は昭和32年5月45歳の若さで理事
長に就任し、月給制、定年制、部屋別総あた
り制、番付削減などに取組んだ。しかし、
理事長のまま昭和43年12月26日午前11時21分、
檄症肝炎によって東大病院で亡くなった。
56歳であった。

<鏡里のブロマイド>

元双葉山の時津風亡き後は、元横綱の鏡里の
立田川が跡を継いだ。しかし、四十九日後、
双葉山の遺族が、双葉山の意志は豊山である
ということを言い出した。「そういうこと
なら」と元鏡里は降り、元豊山の錦島が時津
風部屋を継承した。元豊山の時津風のもと
では多くの分家が誕生した。理事長を2期
務めた。年寄名跡を交換して最後の1日だけ
錦島に戻って定年を迎えた。時津風の在任
期間は約33年半と最長である。

<豊山>

時津風部屋を継いだのは元小結の双津竜で
あった。だが元双津竜の時津風は2007年七月
場所前、新弟子暴行死事件というショッキン
グな事件を起こしてしまった。17歳の時太山
は稽古や人間関係に悩み、脱走することが
よくあった。元双津竜の時津風はそんな新
弟子に業を煮やし、ぶつかり稽古を30分やら
せるなどのかわいがりをやった。親方自らが
ビール瓶でなぐり、幕下の3人の兄弟子が
金属バットで殴打するなど凄惨を極めた稽古
となった。意識を失った時太山は病院に運ば
れたが、1時間後に帰らぬ人となっていた。

<時太山>

当時理事長だった北の湖は「人一人の命は
重い」と事件を深刻に受け止めていた。元
双津竜の時津風は自分への保身ばかりが目に
付いていた。時津風が解雇になったのは10月
5日であった。後に元双津竜の時津風と3人
の兄弟子の有罪が確定した。

<双葉山相撲道場>

元双津竜の時津風の解雇を受け、後継者に
指名されたのは現役の時津海であった。時津
海は急遽現役を引退して時津風部屋を継ぐ
ことになった。時津海33歳のときである。
こうして時津海は時津風部屋を継いだが、
約13年4カ月でその座を2度目のガイドライ
ン違反で失うだけでなく、名前を汚すことに
なった。元双葉山がこの件を知ったら何と
言うだろうか。先人が苦労して築いた部屋は
地に落ちようとしている。

申告の説明書を読みました。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

当サイトはブログランキングに参加しています、どうか応援をお願いいたします!

 

当サイトはブログランキングに参加しています、どうか応援をお願いいたします!

【ブログランキング】で、土俵の目撃者を応援して頂けるかたは↓をクリック


【日本ブログ村】で、土俵の目撃者を応援して頂けるかたは↓をクリック
にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
にほんブログ村
  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

-大相撲

Copyright© 土俵の目撃者(毎日更新) , 2021 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.