大相撲

横綱の対大関戦の成績6

2020年6月20日

鏡里は初優勝後に横綱に昇進した。横綱は
チャンピオンではないチャンピオン同様の
成績を何度もあげて初めてなれるものだ。
という横綱格下げ論が起きたときの世論で
ある。鏡里の横綱について横綱審議委員は
時期尚早だったが、協会は決定してしまった。
鏡里の横綱勝率は6割9分3厘である。そん
な鏡里の対大関戦をみていこう。

<鏡里のブロマイド>

16勝(1不戦勝含む)20敗と負け越している。
最多大関対戦は若ノ花で2勝(1不戦勝含む)
6敗である。「明日は若ノ花(大関)戦です
が。いかがですか」という記者の質問に「こ
っちは横綱だよ」と答えた鏡里であったが、
大関若ノ花のほうが強かったことが証明され
た。

次に対戦が多かった大関は7番で、栃錦に
3勝4敗、松登に3勝4敗、三根山に5勝
2敗であった。クンロク大関松登にも負け
越していた。ほかに大関吉葉山に1勝2敗、
大関朝汐に2勝1敗であった。大関との対戦
成績が横綱鏡里を端的に評価している。

吉葉山も初優勝だけで横綱に昇進した。もっ
とも14勝1敗をあげながら、横綱・大関との
対戦がなかった時津山の15勝に泣いたことが
あった。吉葉山は横綱になったとたん2場所
連続休場している。吉葉山の横綱休場率は
32,1%にもなる。横綱優勝はない。

<吉葉山のブロマイド>

吉葉山の対大関戦は9勝13敗(1不戦敗含む)
と負け越している。最多大関対戦は松登で
4勝3敗である。次が若ノ花で1勝5敗で
ある。ただし、この1勝は疑惑の1勝である。

昭和31年初場所11日目、横綱吉葉山5勝5敗、
大関若ノ花9勝1敗で対戦した。若ノ花左肩
であたる。吉葉山左ざしを狙うも、若ノ花
右おっつけで対抗。四つの争いから吉葉山
右上手を取って上手ひねり。若ノ花残し、
右から攻めてもろざし。吉葉山両上手から
引きつけて出て、上手投げも若ノ花くずれず、
そのまま左後方へまわりながら左下手ひねり。
吉葉山右ひざがくずれながらも体を預けかか
る。若ノ花後ろへ傾くも、吉葉山の右ふくら
はぎ、右ひじの順で落ちた。それから若ノ花
の体勢がくずれた。誰の目にも若ノ花勝っ
たと思った。だが軍配は吉葉山にあがり、
物言いもつかなかった。「100%わしが勝っ
ていた」と若ノ花は不機嫌だった。

<若ノ花のブロマイド>

吉葉山の大関若ノ花戦、本当は0勝6敗と
言える。ほかは大内山に3勝2敗、朝汐に
1勝2敗、栃錦に1敗であった。

時代を築いた栃若の大関戦はいかなるものか。
次回ふれていく。

(この項目続く)

プロ野球の某球団を全試合観戦していた方の存在に驚き。
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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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