大相撲

横綱の対大関戦の成績5

2020年6月17日

前田山は横綱としては弱いイメージが強い。
横綱時代の大関戦は3勝5敗と負け越して
いる。佐賀ノ花に1勝3敗である。昭和22年
秋場所、大関名寄岩戦がなかった。名寄岩が
全敗だったため、組むのをためらったのかも
しれない。なお、横綱照國、大関佐賀ノ花・
東冨士は大関名寄岩と対戦している。

常ノ花から前田山までの横綱の対大関戦の
成績をまとめておく。

横綱東富士以降は系統別総当たりの取組と
場所数の増加に伴って、対大関戦に増加傾向
が見られてくる。

怒涛の寄り横綱東富士の大関戦は18勝18敗
1預である。五分である。大関佐賀ノ花に
5勝2敗、大関千代ノ山に2勝4敗、大関
鏡里に3勝1敗、大関吉葉山に3勝4敗1預、
大関栃錦に1勝3敗であった。

特に昭和26年秋場所12日目の吉葉山戦は世紀
の大死闘であった。東富士は2、3日前から
風邪を引いて40度の高熱に陥っていた。医師
によって急性肺炎と診断されていた。ドク
ターストップの状態であった。だが、東富士
は強行出場した。11日目は土俵入りを休んで
全勝の大関鏡里に土をつけた。

<東富士のブロマイド>

12日目も土俵入りは休んだ。吉葉山戦、最初
の一番は東富士が出し投げから寄って出るが、
土俵際吉葉山が巻き落としにいき、微妙な
勝負となった。軍配は東富士にあがった。
だが、物言いがついて取り直しとなった。

取り直しは、巨漢と巨漢の攻防になった。
吉葉山右上手ひねりから寄って出るが、東富
士左下手投げでまわり込む。がっぷり四つ、
力相撲となった。吉葉山引きつけて出るも
東富士必死に寄り返し、両力士汗びっしょり。
ついに水が入った。

<吉葉山のブロマイド>

勝負再開、動きはない。吉葉山が寄り立てる
と東富士は後退。ここぞとばかり吉葉山が
寄り立てると東富士は土俵際に詰まるも最後
の力を発揮してうっちゃりにでた。今度は
吉葉山に軍配があがったが、またしても物言
い。同体取り直しの判定となったが、両力士
に意見を聞いた。東富士は「吉葉関に悪い。
向こうの勝ちにしてください」といさぎいい
発言だった。一方吉葉山は「勝負預かりで
けっこうです」ということで、勝負預かりと
なった。まさに激闘に継ぐ激闘であった。

体調が回復した東富士は、このあと勝って、
この場所13勝1敗1預で4回目の優勝を達成
した。

<千代の山のブロマイド>

千代の山は大関で6場所努めて横綱に昇進
した。横綱返上問題をおこしたり、横綱優勝
3回で期待ほど結果を残せなかった。それは
横綱時代の対大関戦にも表われている。17勝
21敗と負け越している。大関吉葉山には4勝
2敗と勝ち越している。しかし、大関鏡里
には1勝3敗、大関三根山には3勝4敗、
大関松登には3勝4敗と負け越している。
大関若ノ花には3勝3敗と五分である。大関
三根山とはその間他の大関がはいることなく、
5連続で対戦している。大関戦に強い横綱は
もう少し待たなければならなかった。

(この項目続く)

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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