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新大関3場所の通信簿6

<新入幕朝乃山>

琴欧洲が大関になったとき2つの思いがあっ
た。時代を築くか、朝青龍の引き立て役で
終わるか。新大関3場所の成績で答は出て
しまった。逸材はすばらしかった。それだけ
に優勝回数、横綱になれなかったことはもっ
たいなかった。

<琴欧洲>

琴光喜は平幕上位で優勝している。そこから
大関になるまでが実に長かった。なかなか
大関になれず、苦労した。結局6年かかって
大関に昇進した。その反動ではないが、新
大関3場所の成績はもう一つであった。

十両で15戦全勝優勝を達成したのが、把瑠都
である。当時は栃光、内田(豊山)、北の
富士についで4人目であった。その翌場所
2006年五月は、パワーあふれる相撲で把瑠都
旋風をまきおこした。体形は江戸の雷電に
似ているといわれたが、ケガもあって大成
しなかった。新大関3場所の成績が暗示して
いた。

<把瑠都>

琴勝菊以降の大関は、豪栄道以外は大関陥落
を経験している。貴景勝は2場所で降格して
いる。新大関3場所の成績に表われている。
照ノ富士は関脇で優勝して大関に昇進した
だけにそれなりの成績を残している。結局
ひざのケガで大関の座を去って苦労して幕内
に戻ってきた。

豪栄道の苦しみは大関と共にあった。新大関
1場所目は7勝7敗で千秋楽を向かえ、関脇
豪風に勝ってかろうじて勝ち越した。大関
2場所目は5勝10敗で大敗した。カド番で
むかえた大関3場所目、5勝7敗まで追い
込まれた。ここから7勝7敗に持ち込み、
千秋楽は先輩大関琴奨菊になんとか勝って
カド番を脱出した。

<豪栄道>

朝青龍は大関3場所で横綱に昇進している。
これは年6場所制では北の湖、千代の富士と
タイ記録である。しかし、2場所連続優勝で
横綱を決めたのは朝青龍だけである。2場所
連続優勝で横綱を射止めた朝青龍は、勝負後
の控えで、感慨深い面持ちであった。

<朝青龍>

白鵬は新大関の場所こそ優勝したが、あとが
続かなかった。翌場所は13勝2敗と好成績を
残したが、朝青龍に14日目に優勝を決められ
ている。大関3場所目は8勝と横綱は振り
出しに戻ってしまった。

<左から閣下、輪島、白鵬>

日馬富士は大関3場所目に優勝しているが、
こちらもあとが続かなかった。日馬富士は
大関時代が22場所と長かった。稀勢の里は
さらに長く31場所かかった。新大関3場所の
成績からは予想しにくかった。鶴竜は大関に
なったとたん1ケタ勝利が目立った。その
鶴竜がワンチャンスを生かして、12場所で
横綱に昇進するのだから、相撲はわからない。

<鶴竜>

(この項終わり)

雨の日です。
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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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