大相撲

大関優勝あれこれ

2019年11月3日

大関の優勝がとだえて久しい。平成29年一月
場所の稀勢の里が最後の大関優勝となって
いる。優勝制度が協会制定となったのは大正
15年からである。先場所の御嶽海優勝まで
461場所経過した。そのうち大関の優勝は
110場所ある。全体の約23.9%である。
170122千秋楽幕内・表彰 624
<優勝稀勢の里>

大関の優勝第1号は優勝制度発足後7場所目
に達成された。常陸岩である。ただ、すん
なり決まったわけではなかった。この常陸岩
の優勝に10勝1敗で優勝同点の平幕三杉磯
サイドから異議が唱えられた。ちなみに当時
は幕内最高成績が同じ場合は、番付上位の者
が優勝になっていた。

三杉磯サイドの主張はこうだ。常陸岩の10勝
の中には不戦勝があり、実質的には三杉磯が
上だとするものである。これは当時不戦勝の
認識がはっきり広まっていなかったために
起きたことである。結局協会は不戦勝でも
1勝と同等の価値ということを告げ、その
後ははっきりさせるため、土俵で勝ち名のり
を受けるようになった。
常陸岩 
<常陸岩のブロマイド>

大関の全勝優勝は以下15例ある。最近では
豪栄道が記憶に新しい。2回全勝優勝した
大関は3人いる。双葉山、貴ノ花、日馬富士
である。最高位が大関の全勝優勝は清水川、
若嶋津、豪栄道の3人である。 
清水川 
双葉山 
双葉山 
吉葉山 
輪島 
隆の里 
若嶋津 
大乃国 
武蔵丸 
貴ノ花 
貴乃花 
白鵬 
日馬富士
日馬富士
豪栄道
貴乃花
<貴乃花>

大関の優勝回数に目を移そう。戦前は、玉錦
の大関優勝が4回ある。玉錦は3連覇しても
横綱になれなく、苦難の連続であった。「よ
ーし、絶対横綱になってやる」と決意した
玉錦はのちに功績が認められ、横綱に昇進
した。この記録に並んだのは琴櫻である。
大関32場所という長期在位記録とともに生ま
れた。この記録を抜くことになった大関が
貴ノ花である。大関優勝が実に5回。貴ノ花
は、とっくに横綱になっていておかしくなか
った。それが連続優勝にこだわった横審に
よって阻まれていた。この後魁皇と日馬富士
が大関で4回優勝を記録している。
110123千秋楽幕内前半 086
<魁皇>

最高位が大関の優勝に限定すると、優勝は
35場所ある。大関優勝110場所の31.8% で
ある。逆にいうと、最高位横綱の大関時代の
優勝は68.2%になる。最高位が大関の最多
優勝は魁皇の4回、続いて小錦・栃東の3回
である。魁皇は65場所大関在位という千代
大海と並んで最長記録保持者である。近年は
琴欧洲、把瑠都、琴奨菊、豪栄道と優勝が
1回止まりなのが気になる。

新たに大関で優勝する力士は誰か。大関の
存在価値をぜひ示していただきたい。

ビッグカメラに行ってきました。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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