大相撲

【7月17日】新優勝力士100人

2019年7月15日

朝乃山の優勝を太刀山以来の富山県出身力士
の優勝と紹介するメディアがあった。太刀山
は明治末から大正6年ごろまで活躍した強豪
力士であるが、この当時は厳密にいうと優勝
制度はなかった。あったのは時事新報社に
よる幕内最高成績者の額を国技館に掲げる
制度である。
1E4A4163
<朝乃山>

なにより優勝を争う仕組みができていなかっ
た。引き分け、預かりは多く、最も大きな
問題は、対戦相手が休場すると自分も「や」
扱いになったことである。これでは本当に
その場所の最高成績者を選出することはでき
ない。

協会が優勝制度を正式に設定、認可したのは、
大正15年からである。賜杯はこのときから
渡されるようになった。したがって正式な
優勝力士は大正15年春場所の常ノ花が優勝
力士第1号である。優勝制度が正式に設定・
認可されることによって、不戦勝不戦敗制度
や段階的に取り直し制度が導入されるように
なった。

常花

<常ノ花のブロマイド>

常ノ花を優勝力士1人目とすると2人目以下

は次のようになった。
百人1A
百人2A
百人3A
百人4A
朝乃山は99人目優勝力士である。次に初優勝
する力士が記念すべき幕内優勝力士100人目
になる。昭和最初の初優勝力士は宮城山で
ある。戦後初の初優勝力士は東冨士。年6
場所制がスタートした昭和33年以降で初優勝
した力士は若羽黒、部屋別総あたり制が始ま
った昭和40年以降では北の富士、平成最初の
初優勝は小錦である。

なお、99人の優勝者のうち現役も含め、47人
が初優勝で終わっている。

雨が多すぎます。
今年初、スイカを食べました。

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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