付け人への暴行から千賀ノ浦(元隆三杉)
部屋謹慎となった貴ノ岩。その貴ノ岩が引退
届けを提出と報じられた。貴ノ岩は昼ごろ
国技館に赴いたものの、なかなか出てこず、
夕方になって協会が引退を受理したことが
報じられた。道半ば28歳で力士人生に終焉を
むかえることになった。
「暴行→即引退」この結論になったら今後、
暴行事件が発生するたびに踏襲されかねない。
そもそも今回の問題を貴ノ岩個人の問題と
とらえていいのだろうか。相撲界はこれまで
に表ざたになった暴行事件がいくつかあった。
その中でも新弟子暴行死事件は最悪の事態を
招いた。それでもその後暴行は繰り返されて
いる。
問題はなぜ繰り返されるのか。立場が上の者
が下に暴行する体質がしみ込んでいるので
ある。力士一堂を集めて諭しても、根本的に
決別できないことはすでに証明された。自覚
がないというより、残念だが長年踏襲されて
きた体質なのである。親方連中とて例外では
なかったはずである。これでは入門に躊躇
する者が出てきても不思議ではない。
貴ノ岩の処分は昨日テレビのゲストによると
2場所出場停止という声が多かった。それは
それでいい。しかし、現実は力士生命を失う
結果となった。暴力決別宣言後というタイ
ミングの悪さはあるにしても。
昭和初期、清水川は放蕩で本場所をさぼり、
追放になった。しかし、父親が死をもって
復帰を協会に嘆願したのである。清水川は
父の名元吉を名乗り、十両から復帰した。
そして、ついに大関にまで昇進した。優勝を
3回達成した。全勝優勝した昭和9年夏場所
横綱玉錦との死闘は大一番として語られて
横綱玉錦との死闘は大一番として語られて
いる。昭和・平成で唯一の名大関と評価され
た。
た。
貴ノ岩の暴行事件は最悪の結末を招いた。
力士人生に悔い改める道はなかったのだろう
か。
鯖を食べました。
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よしなに
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