大相撲

現代相撲部屋系統事情

2018年10月20日

7月下旬、5つの一門に必ず入るよう理事会
で決まった。この規定は旧貴乃花一門のみを
対象とした規定であった。貴乃花は貴乃花
一門の名前を返上し、一門をつくるきかっけ
となった貴乃花自らが脱退したため、旧貴乃
花一門はなくなった。
180923千秋楽表彰 098
<阿武松(元益荒雄)>

そこで旧貴乃花一門では立浪(元旭豊)が
出羽海一門に入った。二所ノ関一門を飛び
出した阿武松(元益荒雄)、千賀ノ浦(元隆
三杉)、大嶽(元大竜)及び部屋付きの親方
は古巣に戻った。その際時津風一門を飛び
出した錣山(元寺尾)、湊(元湊富士)及び
部屋付きの親方も二所ノ関一門に加わった。

一門とは何か。テレビでは派閥のようなもの
という言い方をしていてわかったようでピン
とこない説明である。現代の一門は理事候補
を選出するために、本家、分家の関係を中心
にまとまった集団と筆者はいってきた。だが、
実体はもう少し複雑である。現代の相撲部屋
のルーツは次である。
現代相撲部屋の系統A
オレンジ:江戸からの流れを組む伊勢ノ海と
その分家
緑:明治の風雲児高砂浦五郎の流れを組む
部屋
黄:明治の角聖常陸山が大きくした出羽海の
流れを組む部屋
薄水色:緑島の立浪の流れを組む部屋
水色:玉錦が大きくした二所ノ関の流れを
組む部屋
ピンク:八甲山の流れを組む部屋
ベージュ:大阪相撲の増位山(父)の流れを
組む部屋

これまで高砂-初代西ノ海の流れ組む井筒系
は高砂をルーツとすることはこれまで書いて
きた。また双葉山の時津風のルーツは立浪で
あることにも触れてきた。佐渡ヶ嶽部屋出身
の琴錦が伊勢ヶ濱一門にいる理由も伝えて
きた。伊勢ヶ濱部屋は元陸奥嵐の安治川部屋を
引き継ぐ形でスタートした。九重部屋は千代の
山が出羽海から破門独立した部屋である。追手
風(元大翔山)が伊勢ヶ濱一門から時津風一門
に移ったのは考え方の違いによるものである。
「立浪の迷走」は最近書いたばかりである。
180908初日前日 463
<八角理事長(元北勝海)>

それとともに近年目立つのは相撲部屋が他
系統に引き継がれることである。
式秀部屋は元大潮(時津風)から元北桜(北
の湖)へ
高田川部屋は高砂から破門された元前の山
から元安芸乃島(二子山)へ
千賀ノ浦部屋は元舛田山(春日野)から元隆
三杉(二子山)へ

こうしてみると一門はかなり複雑な組み合わ
せで形成されていることになる。理事は本来
自由な立候補と自由な投票によっておこなわ
れるのが、開かれた組織なのだろうが。一門
のあらかじめ投票先が決められた均等投票は
まだまだ続きそうである。

新しいデータを作るために資料を調べて
います。
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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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