大相撲

関脇以下の優勝力士キラー4

2018年6月27日

昭和30年代の優勝力士キラーをみていこう。
ただし、横綱・大関と対戦のない平幕優勝
力士に勝った力士は対象外とさせていただい
た。昭和32年福岡で本場所が開催され、年5
場所になった。しかし、年5場所はこの年
だけで、翌年の昭和33年は名古屋が本場所に
昇格し、年6場所制となって今日まで続いて
いる。
キラー昭和30年代1A
キラー昭和30年代2A
昭和30年代、優勝キラーはのべ41人いる。
そのうち三賞を受賞したのは17人である。
数字に開きがみられる。

昭和36年九月場所は大鵬と柏戸が優勝を争い、
大鵬が優勝、柏戸が優勝同点という場所だっ
た。大鵬と柏戸は場所後にそろって横綱に
推挙された。その大鵬と柏戸だけに勝って
ほかはすべて負けたのが前田川であった。
2勝13敗。前田川はちょっとした珍記録を
残した。
大内山
<大内山のブロマイド>

大内山は4度優勝力士に勝っている。大関
昇進前に3度、陥落後に1度ある。千代の山
から3度 朝汐に1度勝っている。殊勲賞を
とったのは大関昇進を決めた昭和30年春場所
であった。13勝2敗。大内山にとっては一番
いい時期であった。
出 羽 錦
<出羽錦のブロマイド>

同じく4度優勝力士キラーとなったのが出羽
錦である。若乃花から2度、大鵬から2度
記録している。ただし、殊勲賞が受賞できた
のは1度である。若秩父が大量に塩をまく
のに対し、出羽錦はちょっとしかまかない
対象の妙があった。出羽錦はユーモアがあり、
息の長い力士であった。「晋松(佐田の山)
が横綱になるまではやめない」とがんばった
が、かなわなかった。39歳の引退であった。
大鵬 
<大鵬のブロマイド>>

大鵬の名がここには出てこない。大鵬は実は
優勝力士に勝ったことが1度もない。そも
そも大鵬は関脇以下にいたのが、わずか6場
所しかない。そのうち1場所は下位で、4場
所は花籠(元大ノ海)部屋の若乃花と若三杉
が優勝している。系統別総当たりでは両力士
との対戦がなかったのである。あと1場所は
自らが優勝している。大鵬のめぐりあわせと
偉大さが生んだ記録である。

縁起の悪い夢をみました。

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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