大相撲

2ケタ勝利の新入幕力士2

2018年6月10日

部屋別総当たりに入った昭和40年一月場所
以降をみていこう。昭和はこの後24年間
あるが、2ケタ勝利の新入幕力士は13人しか
いない。平成前期をあわせてみていく。
新入幕2A
この時期2つの変化があった。1つは昭和
46年十一月場所で黒姫山、輪島、富士桜、
三重ノ海が甲乙つけがたく、4人の受賞と
なったことである。殊勲黒姫山、敢闘輪島・
富士桜、技能三重ノ海となった。これまで
1つの賞を2人が受賞することはなかった。
該当なしがあるのだから2人の受賞があって
もいいということでファンにも好評であった。
これによって新入幕2ケタ勝利力士は、敢闘
賞受賞が増えていった。

昭和40年代において2ケタ勝利で敢闘賞を
受賞できなかったのは2人しかいない。新入
幕力士が他の力士と敢闘賞をダブルで受賞
したケースは、平成8年以降顕著になり、
全体で23例に及んでいる。
高見山
<高見山>

なお昭和43年一月場所、9勝であったが、
高見山が新入幕で敢闘賞を受賞している。
外国から相撲という特殊な社会に入り、辛抱
と努力でのり越えてきたことが評価された。

もう1つの変化は昭和46年七月場所から、
幕内中位、下位の力士でも優勝戦線にいれば
横綱・大関と対戦させるという規定が実施
されることになったことである。展開によっ
て新入幕力士の横綱・大関戦がありえること
になった。
大錦
<大錦の記事>

そして、それがまさに実現したのだ。昭和
48年九月場所、新入幕の大錦は横綱琴櫻、
大関貴ノ花と対戦した。それだけではない。
なんと勝ってしまったのである。まさかの
展開であった。千秋楽は大関清国に負けは
したものの、驚異の新入幕力士として、殊勲、
敢闘、技能と3つの賞を独占してしまった
のである。

(この項目続く)

昨夜は22時に寝ました。

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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