大相撲

幕内0勝力士の降下枚数

2018年5月5日

五月場所の番付で大方の予想に反したことが
あった。西5枚目全休の阿武咲は幕内残留
かと思われたが、実際は十両落ちしてしまっ
たことである。この予想は専門誌も、相撲
ファンの方の予想も同様であったから、意外
な結果と受け取られた。そして幕内に留まっ
たのは西14枚目で5勝10敗の錦木であった。
180119六日目幕内 796
<阿武咲>

昨年の十一月場所の幕内0勝力士、照ノ富士・
貴ノ岩・宇良は11枚目しか下がらなかった
ので、阿武咲の13枚降下は思いもよらない
扱いであった。それでは幕内0勝力士は翌場
所どのくらい下がっているのか調べてみた。

対象は公傷制度が廃止され、幕内の定員が
42人になった平成16年以降とした。横綱・
大関は0勝でも翌場所下がることがないので、
対象外とした。また関脇以下の0勝でも、
その場所限りで引退した力士もはずした。
そうして調査したのが次の表である。
0勝ー1A
0勝ー2A
0勝ー3A
さすがに15戦全敗の力士はいない。途中休場
と全休だけである。最も負けたのが平成19年
五月場所の垣添である。12敗3休の成績で
ある。もっとも15戦全敗の幕内力士は、平成
3年七月場所の板井、昭和63年三月場所の
佐田の海(父)、昭和38年十一月場所の清勢
川(後の清の盛)、昭和17年春場所の桂川と
片手で数えるほどしかいない。
090315春初日幕内 018
<若の里>

最も降下させられたのは、平成21年五月場所
西前頭7枚目の若の里である。全休した翌場
所は15枚下げられ、十両西6枚目まで落ちて
しまった。逆に最も下げ幅が小さかったのは、
平成16年十一月場所東前頭筆頭の出島である。
3敗12休の翌場所は9枚下がっただけの東前
頭10枚目に位置した。
080113初日幕内 833
<出島>

幕内に残留できた最も低い地位は、平成17年
七月場所西前頭6枚目の栃乃洋である。2敗
13休の成績で翌場所は東前頭17枚目と幕尻
ながら、ラッキーにも留まっている。

67例の降下枚数の平均は12枚であった。阿武
咲は今回平均をオーバーしてしまった。最も
登場した力士が豊真将で5回である。続く
力士が若の里と把瑠都の3回である。連続
幕内0勝は照ノ富士ただ一人である。関脇
及び前頭10枚目で実現してしまった。その
後十両落ちして、負け越している。
090524千秋楽幕内 792
<豊真将>

なお、平成22年七月場所の謹慎休場は野球
賭博によるものである。琴光喜はこの件で
解雇させられている。

0勝力士はケガによることが多いうえに、
大幅に降下させられるだけに、弱り目に祟り
目である。

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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