大相撲

大相撲優勝・次点力士8 平成中期

2018年5月4日

平成中期の優勝・次点をみていこう。次点は
当然優勝者に次ぐ成績の力士だが、横綱・
大関と対戦のない力士及び部分対戦力士は
はずした。複数いるときは上位力士とした。
H中1A
貴乃花は平成10年の九月場所以来13場所優勝
から遠ざかっていた。休場5場所、1ケタ
勝利2場所あり、低迷していた。曙はもっと
長く、18場所も優勝がないままだった。若乃
花は平成11年一月場所の次点を最後に優勝・
次点から名前が消えてしまった。若乃花の
次点は7回までいった。
武
<武蔵丸>

じわじわと力をつけてきたのが武蔵丸である。
この時期連続優勝を決め、横綱に昇進した。
大関在位32場所と琴桜と並び横綱の最長大関
在位場所数であった。琴桜は32歳での横綱
昇進だったが、武蔵丸は28歳と年齢差の違い
があった。

平成12年十一月場所で優勝しながら、曙は
翌場所引退した。曙の意志は固かった。次点
は13回までいった。
貴 
<貴乃花>

貴乃花は平成13年の五月場所の14日目武双山
戦での膝のケガが致命的になった。千秋楽
本割はあっさり武蔵丸に負け、優勝決定戦に
もつれこんだ。貴乃花の劣勢は誰の目にも
明らかだった。だが、負傷をしながら必死の
鬼の形相で武蔵丸を上手投げで勝利し、感
動的な優勝を飾った。だが、それが最後の
優勝になった。貴乃花時代の事実上の終焉で
あった。貴乃花の次点は15回を記録した。

平成14年十一月場所から武蔵丸は休場が目立
ってきていた。6場所連続休場し、その翌
場所引退した。武蔵丸の次点は10回であった。
ハワイ勢、若貴という一時代は完全に幕を
閉じたのであった。
H中2A
新しい英雄は入幕9場所で大関に昇進し、
大関3場所で横綱に昇進した。若くてスピー
ドがあって、集中力がすごかった。朝青龍の
時代が始まった。4連覇、大鵬の6連覇を
抜く新記録の7連覇を成し遂げた。この時期
21場所中16場所が朝青龍の優勝であった。
06春 431
<朝青龍16回目の優勝>

そんな朝青龍を追いかけるように距離を縮め
てきたもう一人のすばらしい逸材が花を咲か
せた。柔軟性と素早い反応力の持ち主、それ
が白鵬であった。
H中3A
白鵬は入幕12場所で大関に昇進し、いきなり
初優勝を達成した。白鵬はこの優勝を「人生
で一番嬉しいできごとだった」と語っている。
大関2場所で横綱昇進か。と騒がれたが、
そうはいかなかった。
06夏千秋楽幕前半弱後 250天皇杯白鵬
<白鵬初優勝>

白鵬が朝青龍より優位に立ったのは、横綱に
昇進してからだった。お騒がせ横綱朝青龍は
夏巡業をケガで休みながら、母国モンゴルで
サッカーをしていたため、2場所出場停止に
なった。きっかけは朝青龍の自滅であった。

(この項目続く)

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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