九月場所、白鵬は横綱になって2度目の休場
をした。昨年の九月場所は途中休場だったが、
休場あけの十一月場所は、まずまずの12勝
3敗だった。優勝のチャンスもあったが、優勝
3敗だった。優勝のチャンスもあったが、優勝
してやるという強い意志が感じられなかった。
日馬富士が稀勢の里に敗れ、13勝2敗になっ
た時点で、白鵬は12勝2敗の成績だった。
だが、千秋楽鶴竜に力なく負けて、日馬富士
の優勝が自動的に決まった。今度の十一月
場所に二の舞はないか。
だが、千秋楽鶴竜に力なく負けて、日馬富士
の優勝が自動的に決まった。今度の十一月
場所に二の舞はないか。
横綱の先輩に大鵬がいる。大鵬には次のよう
な休場と休場あけの優勝がある。
昭和39年七月場所 途中休場→2連覇
昭和41年一月場所 全休→6連覇
昭和42年七月場所 途中休場→全勝優勝
昭和42年十一月~43年七月 5場所連続休場
→3連覇と45連勝
→3連覇と45連勝
昭和44年三月場所 途中休場→30回目の優勝
昭和44年十一月~45年一月 2場所連続休場
→新横綱北の富士、玉の海をおさえて優勝
昭和45年七月場所 途中休場
大鵬は7度の休場のうち、休場あけで実に
6度優勝している。その中には6連覇さえある。
6度優勝している。その中には6連覇さえある。
45連勝も達成している。大鵬は王者と言われ
たが、休場あけで復活するところから不死鳥
と呼ばれていたこともある。
大鵬の晩年の休場は昭和44年十一月場所から
45年一月場所の2場所連続休場である。大鵬
は一人横綱で陰りが目立ち始めていた。その
間、新大関清国の優勝に奮起した北の富士と
横綱候補でありながら、決定打に欠けていた
玉乃島が浮上し、同日横綱昇進を決定した。
場所前のポスターが北の富士、玉乃島改め玉
の海だけだった。ポスターの扱いと自分と世代
が違う新しい力に大鵬は燃えた。大鵬は北の
富士、玉の海の両横綱を倒し、なんと優勝して
しまった。31回目の優勝であった。
が違う新しい力に大鵬は燃えた。大鵬は北の
富士、玉の海の両横綱を倒し、なんと優勝して
しまった。31回目の優勝であった。
白鵬は通算勝利1000勝まであと3勝である。
その後は魁皇の1047勝という目標がある。
なにより、40回という大台の優勝回数がある。
昨年の繰り返しは見たくない。白鵬は大鵬と
いう手本があるのだから、そこから学ぶべき
である。
である。
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