大相撲

現代相撲部屋事情

2016年2月17日

かつて、元常陸山の出羽ノ海のもとには約100人の弟子が
いた。玉錦は名門出羽海(この当時は「ノ」の字はない)の
ように小部屋を一大勢力の部屋にしようと、二枚鑑札(現役
と師匠を兼任することで、現在は禁止されている)のまま60
人以上の弟子を抱えた。今、相撲部屋は43あるが、こんな
弟子数の部屋はない。現代の相撲部屋の事情を覗いてみた。

弟子数30人以上…2部屋
弟子数20人台…7部屋
弟子数10人台…26部屋
弟子数9人以下…8部屋
※一月場所引退力士は除外し、新弟子を加えている
110928琴奨菊大関
<佐渡ヶ嶽>
 
現代の相撲部屋は、弟子受難というか、少数精鋭主義と
いえる。最多弟子数は佐渡ヶ嶽(元琴ノ若)部屋で、木瀬
(元肥後ノ海)部屋が続いている。それにしても19人以下
の部屋が34もあるが、部屋だけの稽古ではなかなか活気
が出にくい。出稽古、連合稽古を推奨しなくては、強くはな
れない。逸ノ城の低迷は場所前の稽古の質の面にあるの
ではと思わずにはいられない。初代若乃花はまだ部屋に
下の者しかいない時代、何人も回して相手変わっても、主
代わらずの稽古で強くなった。その点でも異能だった。それ
にしても気になるのは増加傾向がまるで見えない井筒(元
逆鉾)部屋の4人、鏡山(元多賀竜)部屋の2人の弟子数で
ある。
150926千代 001
<九重>

関取数ではどうだろうか。最多は九重部屋の6人である。
千代大龍・千代鳳・千代皇・千代丸・千代翔馬・千代の
国で付け人の割り振りが大変だったようだ。ついで5人
の伊勢ヶ濱(元旭富士)部屋・境川(元両国(前名小林
山))部屋・木瀬(元肥後ノ海)部屋の5人である。春日山
(元濱錦)・立浪(元旭豊)など10部屋がまだ関取がいな
い。
160109初日前日 049
<式秀>
 
師匠が部屋出身者でないのが、現代の相撲部屋の特質で
ある。立浪部屋の師匠元旭豊は、立浪の分家大島(元旭国)
部屋出身である。式秀部屋は時津風部屋から独立した元
大潮がおこした部屋である。現在は時津風一門外の北の湖
部屋出身の元北桜が継いでいる。高田川部屋は元前ノ山が
高砂部屋から独立した部屋である。そのあとを藤島ー二子山
部屋出身の元安芸乃島が継いでいる。ほかに春日山部屋を
追手風部屋出身の濱錦が継承した。。
160109初日前日 197
<伊勢ヶ濱>
 
部屋の名称だけが変わった部屋がある。元旭富士の安治川
部屋は伊勢ヶ濱部屋に変更した。安治川部屋時代は「安」
をつけた四股名がつけられた。安美錦はその時代の四股
名である。元若嶋津の松ヶ根部屋は二所ノ関部屋に変更
した。玉錦-玉ノ海ー佐賀ノ花と引き継がれた名門二所ノ
関部屋が、元金剛の代で消滅したため、名称を復活させた
のである。

部屋の消滅とともに弟子が別々の部屋に分散したり、一
門外の部屋に託したりと、現代は一昔前の常識では考え
られない傾向が出てきているといえる。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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