幕内でたった1度の好成績が優勝につながった14人は、
どのように優勝したのか一覧表にした。横綱・大関との
対戦がない平幕優勝及び横綱・大関との対戦が不十分の
平幕優勝は除外してある。
横綱大関とは対戦しない。異なる方屋の好成績者との直
接対決をのりきるとともに同じ方屋で自分と同じ成績以
上の力士がいないという条件を満たさなければ優勝に到
達しない。優勝決定戦のない時代なので同点の場合、成
績上位者が優勝者になるためである。備州山は戦後の混
乱期で7日制と短く、無観客のなかで行われた場所であ
った。
<山錦の絵葉書>
系統別総当たり
則である。時津風部屋は立浪部屋から独立した部屋のた
め、対戦はない。だから、立浪部屋の安念山と時津風部
屋の鏡里の対戦はない。
昭和38年七月場所千秋楽で大関同士の北葉山(13勝1敗)
対佐田の山(12勝2敗)の一番は本割で佐田の山が勝っ
て優勝決定戦になった。決定戦は北葉山が勝って初優勝
を成し遂げた。
部屋別総当たり
本割で敗れた新星魁傑との優勝決定戦を一日の長で制し
た。なぜか大関清国戦が組まれなかった。この場所は関
脇同士の輪島対三重ノ海戦も組まれなく、お粗末な取組
編成だった。
部屋別総当たりでワンチャンスで優勝した力士は、横綱・
大関の成績が芳しくないときが目立つ。出島は本割り・
優勝決定戦とも横綱曙を撃破している。大関に昇進した
出島・武双山が優勝が唯一2敗以内の成績とは意外だった。
ワンチャンスをモノにして優勝した力士を見ると、横綱
が休場かくずれたときこそ最大のチャンスである。その
点、稀勢の里はすでに3度13勝をあげている。何も考え
ずに自分の相撲を取ることに専念すれば賜杯はやってく
る。
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よしなに
”土俵の目撃者”
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