大相撲

かくありたい立ち合い

2014年5月31日

五月場所12日目の1敗同士の決戦白鵬対稀勢の里戦に
対して気になる内容が目に付いた。この一番は稀勢の里
が2度つっかけて3度目に立った。相撲は白鵬の速攻で
一気に寄り切った。

この3度目の立ち合いについて日刊スポーツは次のように
伝えている。(稀勢の里が)右手を仕切り線30センチ
手前についた。左手もついた。だが白鵬が立たない。
左手を引き、重心を後ろに戻しかけた。その瞬間、鋭く
立った相手に合わせるように立ってしまった。

ほかのスポーツ紙でも両者の立ち合いを神経戦、稀勢の
里は自分の呼吸で立てなかった。3回目稀勢の里は中途
半端に立った。稀勢の里は心理戦で勝負の甘さ露呈。
と書かれている。この立ち合いに釈然としないものが
残った。

立ち合いはどうあるべきか。5月20日■夏9日目 熱戦賞
の制定で手はつくものではなく、腰を割れば自然とおりる
ものだと書いた。補足するならあごを引き、下から上に
上目づかいに立ち、相手の重心をおこすようにあたる。

最近は立ち合いの変化にばったりいく相撲が目立つ。
立ち合いの変化で勝負がきまると観客からはため息が
出る。力と力の激突を期待していたらあっさり勝負が
つくことへの落胆の表れである。変化する力士を非難
する声はあるが、あっさりくう力士の非難は少ない。

これは実におかしな話で変化に対応できない力士もどうか
しているし、やるほうよりもくうほうが悪い。上目づかい
に下から上に立ち、相手の重心をおこすようにあたれば
下には落ちないのである。くわなければ誰も変化しなく
なる。変化に対応できる立ち合いをしない限り、土俵の
充実はない。

また、立ち合いは白鵬対稀勢の里戦に見られるような
駆け引きをするものではない。大正の横綱栃木山は「立ち
合いは同時に立って速く攻めろ」と語っている。双葉山は
相手が立てばいつでも立てる立ち合いをした。このことを
本人は「1日のうち10分だけ(昭和戦前は仕切り制限時間
10分で時間前に立つことがあった)集中すればいいん
です」とこともなげに語っている。ずるいほどうまい立ち
合いはあってはならない。
<写真は白鵬と稀勢の里の立ち合い>
140522十二日目幕内 1216立ち合い

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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