大相撲

心 玉の如し

2013年12月14日

ここからは「である調」で書かせていただきます。

かつて大相撲は不祥事続きであった。新弟子リンチ死
事件、野球賭博事件、八百長事件とこれでもかこれでもかと
噴出した時期があった。私などは玉錦の生き様が好きで、
大相撲が不祥事続きでも見放さないでいる。

1928年の一月場所。千秋楽をむかえ前頭13枚目の三杉磯は
全勝、大関常陸岩は1敗。当時は優勝決定戦制度がなく、
同成績の場合は番付上位力士が優勝であった。平幕の
三杉磯は千秋楽に小結玉錦とあてられた。前日から玉錦の
もとには八百長の申し入れがあったようだが、玉錦は断った。

むかえた千秋楽。玉錦は三杉磯との一番、負けては八百長と
思われるので必死でうっちゃった。大関常陸岩が横綱宮城山を倒し、
優勝を決めた。

玉錦は常陸岩の後援筋から宴会に誘われたが「人のために相撲は
取らない」と断ったという。八百長嫌いで後年は誰も頼みにいかなかった
という。こうした玉錦というりっぱな手本があるのだから、力士教育に
ぜひ生かしていただきたい。

2玉錦2

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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