武蔵丸と貴ノ浪は幕内で59番(優勝決定戦を含む)対戦し、武蔵丸の38勝21敗だった。初対戦は平成3年十一月場所の新入幕同士の一番で、最後は平成15年七月場所。平成5年三月場所からは39場所連続(優勝決定戦を含めると40回連続)で顔を合わせ、この連続対戦は6年半続いた。
数字はすべて田口 通廣が本文に記録した星取りによる。幕内で50回以上の対戦は、北の湖・千代の富士・輪島・貴ノ花にもない、と田口は書いている。
武蔵丸 対 貴ノ浪|時期別の対戦成績
関脇以下同士では武蔵丸の7勝2敗、大関同士では19勝14敗で、終始リードしていたのは武蔵丸だった。田口が書いた時期ごとの勝敗を並べると次のとおり。
| 時期 | 武蔵丸の成績 |
|---|---|
| 関脇以下同士(平成3年十一月場所〜) | 7勝2敗 |
| 大関同士(同じ日に大関昇進) | 19勝14敗 |
| 横綱武蔵丸 対 大関貴ノ浪 | 2勝1敗 |
| 貴ノ浪の大関陥落後 | 10勝5敗 |
| 通算(優勝決定戦を含む) | 38勝21敗 |
新入幕同士の初対戦から、39場所連続の対戦へ
武蔵丸と貴ノ浪は、ともに平成3年十一月場所に入幕した。新入幕同士の対戦は、武蔵丸がつり出しで勝っている。新入幕の場所を含めて3場所連続で対戦し、武蔵丸の3勝だった。

入幕4場所目に武蔵丸は小結に上がり、その2場所後には関脇になった。この間、貴ノ浪は幕内の中位から下位にいて、5場所は対戦が無かった。
4回目の対戦は平成5年三月場所。ここから39場所連続、優勝決定戦を含めると40回連続で対戦した。なんと6年半続いたことになる、と田口は書いている。
大関同日昇進から、横綱武蔵丸と陥落した貴ノ浪まで
二人は同じ日に大関に昇進した。大関同士の対戦は武蔵丸の19勝14敗である。
田口は「武蔵丸の大関在位は32場所で横綱の大関在位は琴櫻とタイ記録であった」と書く。横綱になった力士の大関在位として、最も長い記録に並んだということだ。ただし琴櫻が32歳で横綱になったのに対し、武蔵丸は28歳だった。

横綱武蔵丸と大関貴ノ浪の対戦は、武蔵丸の2勝1敗。貴ノ浪は平成12年に大関から陥落し、すぐに10勝して復帰したものの再び降格した。大関の座を明け渡してからの対戦は、武蔵丸の10勝5敗だった。
連勝の応酬と最後の一番|平成15年七月場所
武蔵丸が9連勝したこともあれば、貴ノ浪が優勝決定戦に敗れたあとに7連勝したこともある。通算は優勝決定戦を含めて、武蔵丸の38勝21敗だった。
平成15年七月場所が最後の一番になった。田口は「それは同時に平成15年唯一の一番でもあった」と書いている。最後は貴ノ浪がはたき込みで武蔵丸に勝っている。
幕内で50回以上の対戦|北の湖・千代の富士にもない記録
幕内で50回以上の対戦は、つくづく大変な記録だ、と田口は書く。怪童北の湖にも、ウルフ千代の富士にもない。天才輪島にも、大関在位50場所の貴ノ花にもない。
この記事は、田口の連載「武蔵丸の幕内対戦成績50回以上」の上編である。下編は武蔵丸 対 貴乃花の対戦成績で、同じ型の連載に魁皇 対 千代大海の対戦成績・魁皇 対 貴ノ浪の対戦成績がある。
武蔵丸と貴ノ浪の対戦についてよくある質問
Q. 武蔵丸と貴ノ浪の通算対戦成績は?
優勝決定戦を含めて、武蔵丸の38勝21敗です。幕内で59番戦いました(田口の記録)。
Q. 二人はいつからいつまで対戦したのですか?
初対戦は平成3年十一月場所、最後は平成15年七月場所です。平成5年三月場所からは39場所連続で対戦し(優勝決定戦を含めると40回)、その連続対戦は6年半続きました。
Q. 対戦中の連勝記録はありますか?
武蔵丸が9連勝した時期があり、貴ノ浪も優勝決定戦に敗れたあとに7連勝したことがあります。
Q. 最後の対戦はどちらが勝ちましたか?
平成15年七月場所で、貴ノ浪がはたき込みで武蔵丸に勝ちました。
関連記事:武蔵丸 対 貴乃花の対戦成績/魁皇 対 貴ノ浪の対戦成績/魁皇 対 千代大海の対戦成績