ホープ中のホープ琴勝峰が三月場所十両優勝
を決めて入幕を果した。20歳という若さで
ある。前途洋洋、どこまでのぼりつめるか、
期待は大きい。20歳以下で入幕した力士は
琴勝峰だけではない。どんな力士がいるか
調べてみた。対象は明治42年夏場所、国技館
開設以降の新入幕力士とした。なお、2代目
梅ヶ谷以降両国国技館の土俵にあがった力士
を含めると2代目梅ヶ谷と玉椿が19歳で入幕
している。
■大蛇潟
明治43年夏場所、大蛇潟粂蔵が19歳で入幕
した。大蛇潟という名の力士は複数いる。
ここでは明治から大正にかけて活躍した力士
を指す。この四股名は新入幕で改名したもの
であり、十両では能代潟だった。のちに大響、
さらに錦島に改名している。幕内を9年1場
所務め、最高位は関脇だった。横綱常陸山、
大関西ノ海に勝ったことがある。
■石山
明治44年夏場所、20歳で新入幕。石山は本名
ではない。2代目梅ヶ谷と同じ雷部屋。小兵
であるが、前さばきと速攻、上手投げで活躍
した。7年幕内を務め、最高位は前頭筆頭
だった。引退したときはまだ27歳だった。
■常ノ花
大正で唯一の20歳新入幕である。この点は
出羽海部屋の先輩の大錦(23歳)、栃木山
(22歳)も及ばない。大正6年夏場所、20歳
で入幕すると23歳で大関に27歳で横綱に昇進
した。栃木山引退後、第一人者として土俵を
務めた。昭和5年31歳まで務めた。横綱勝率
は東西制で8割1厘。優勝10回、横綱優勝率
40%。なお、横綱の場所中引退は常ノ花が
始まりである。
■武蔵山
昭和4年夏場所、19歳で新入幕。常ノ花の
後輩にあたる。飛行機昇進といわれるくらい
出世が早かった。22歳で大関に、26歳で横綱
に昇進した。だが、破壊された右腕が再発し、
横綱時代は休場につぐ休場。皆勤はわずか
1場所で7勝6敗と惨憺たる成績だった。
29歳で引退した。
■沖津海
昭和6年春場所、20歳で新入幕。のちに沖ツ
海に改名。幕内は3年=10場所で、関脇3場
所小結2場所を務める強豪であった。優勝を
1回成し遂げている。大関を狙える器であっ
た。婚約・部屋の後継が決まった沖ツ海を
悲劇が襲った。昭和8年山口県萩市の秋巡業
中、フグ中毒で死亡してしまった。23歳と
いう若さであった。
(この項目続く)
肌寒い日々が続きます。
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