大相撲

金峰山の出世街道

金峰山が入幕を果たした。三段目100枚目格付出で
スタートして8場所で幕内となった。本人は「でき
ればもう1、2場所早くあがりたかった」とこれく
らいでは満足していない。そんな金峰山はどんな出
世街道を歩んできたのか。

金峰山は柔道をしていた。柔道から相撲へ。そこに
は元朝青龍がかんでいた。相撲をやれば強くなれる
という言葉を金峰山に伝えた。カザフスタンから日
本の高校へ留学。相撲を始めたのは19歳であった。
大学は日大へ進学した。3年のとき全日本選手権で
準優勝、4年では学生選手権で3位にはいっている。

<三段目時代>

木瀬(元肥後ノ海)部屋に入門した。研修期間と興
行ビザの取得で時間を要し、デビューは十一月場所
になった。三段目付出でいきなり優勝した。一気に
幕下にあがり、幕下で優勝1回を含み、4場所で突
破した。三段目・幕下の成績は35勝5敗である。
すべて勝ち越しである。

<幕下時代>

十両は3場所かかった。最近では短いほうである。
ただ、優勝はなかった。29勝16敗、すべて勝ち越し
である。朝乃山には及ばなかった。

幕内で対戦する力士の十両対戦成績は以下である。
けっこうシビアな相手が多い。
水戸龍0勝1敗
剣翔 0勝2敗
北青鵬0勝3敗
武将山1勝
大翔鵬1勝2敗
輝  1勝

<十両時代>

192センチ、174キロの堂々たる体格。突き押しは破
壊力があり、四つでも取れる。25歳。好物は寿司で
ある。どこまで強くなるか、三月場所は大事な場所
になる。

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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