続・消えた横綱の部屋①|鏡山部屋(横綱柏戸)の創設から閉鎖まで

鏡山部屋は、横綱柏戸が伊勢ノ海(元先代柏戸)部屋から独立して興した部屋で、2021年7月に閉鎖が正式に決まり、51年の歴史を閉じた。柏戸が58歳で亡くなったあとは弟子の元多賀竜が継いだ。最後の新弟子は2004年三月場所で、2008年五月場所後には弟子が竜勢(元多賀竜の息子)と鏡桜の2人だけになっていた。

閉鎖の理由を、田口 通廣は2021年8月の記事で「鏡山は2人の弟子が続いただけに限界であった」と書いている。弟子は伊勢ノ海(元北勝鬨)部屋へ移った。元多賀竜はいまも鏡山を名乗り、2026年9月27日に確認した協会の年寄一覧では追手風部屋の所属である。

目次

鏡山部屋はなぜ閉鎖したのか|弟子が2人だけになった部屋

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柏戸の死後に元多賀竜が継いだ鏡山部屋は、弟子が少ないというイメージが強かった。最後の新弟子が入門したのは2004年三月場所で、弟子が息子の竜勢と鏡桜になったのは2008年五月場所後だった。

2021年7月、部屋の閉鎖が正式に決まった。弟子は伊勢ノ海(元北勝鬨)部屋に移籍し、鏡山部屋は51年の歴史に終止符を打った。

田口はこの年、東関(元高見盛)部屋・峰崎(元三杉磯)部屋とあわせて3つの部屋が閉鎖になったことを書き、「鏡山は2人の弟子が続いただけに限界であった」と見ている(58年前の相撲部屋)。2025年10月の記事でも、少数の部屋が閉鎖に追い込まれる例として、近いところでは鏡山(元多賀竜)部屋を挙げている(錦戸部屋の行方)。

時期できごと
柏戸の死後柏戸が58歳で亡くなり、弟子の元多賀竜が部屋を継ぐ
2004年三月場所最後の新弟子が入門
2008年五月場所後弟子が竜勢(元多賀竜の息子)と鏡桜の2人になる
2021年7月閉鎖が正式に決まり、弟子は伊勢ノ海(元北勝鬨)部屋へ。51年の歴史を閉じる
2026年9月元多賀竜の鏡山は追手風部屋の所属(協会の年寄一覧)
田口 通廣の記事(2023年2月・2021年8月)と日本相撲協会の年寄一覧(2026年9月27日確認)をもとに当サイトが年表にした

横綱柏戸が伊勢ノ海部屋から独立して興した部屋

鏡山部屋は、元横綱柏戸が伊勢ノ海(元先代柏戸)部屋から独立して興した部屋である。柏戸は現役時代、柏鵬時代の到来かと言われながら大鵬と差がついた。田口は、それは稽古量の差でもあったと書いている。

元栃錦の春日野は「柏戸は稽古しないからいかん。あれはあんな体に生んでくれた両親に感謝すべきだ」と、もどかしく思っていた。大鵬との差は好敵手差がつくとき 大鵬・柏戸でも取り上げている。

横綱柏戸
<柏戸>

親方・柏戸の育て方|門限を設けず、挨拶もいらない

その柏戸が親方になったとき、弟子に「稽古をしたくない者は荷物をまとめて帰れ」と言った。これには元柏戸らしい一言が加わった。「帰るときは挨拶なんかいらないぞ。こっちも挨拶されるほど面倒みてないからな」。

田口は、ここに元柏戸の人柄がうかがえると書いている。門限も設けずに弟子を育て、そのなかから小沼、蔵玉錦、多賀竜、起利錦らが出た。多賀竜は関脇まで上がっている。

鏡山親方(元多賀竜)
<元多賀竜の鏡山>

元多賀竜の鏡山親方はいま

部屋を閉じたあとも、元多賀竜は鏡山の名跡で協会に残っている。2026年9月27日に確認した日本相撲協会の年寄一覧では、鏡山(現役名 多賀竜・最高位 関脇)は追手風部屋の所属である。

竜勢は元多賀竜の息子で、田口は2021年一月場所の記事でも「鏡山(元多賀竜)の息子竜勢」と書いている(2021年一月場所13日目の観戦記)。

連載「続 消えた横綱の部屋」について

田口は2022年2月から3月に連載「消えた横綱の部屋」を書き、横綱の代でいうと朝潮で終わっていた。当時は時代が古くてピンとこず、必ずしも好評ではなかったと振り返り、この続編では大鵬以降の、いくらか身近に思える横綱の部屋を取り上げている。

鏡山部屋はその1回目で、次の回は花籠部屋(初代若乃花・輪島)はなぜ消えたかである。

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鏡山部屋についてよくある質問

Q. 鏡山部屋はなぜ閉鎖したのですか?
弟子が少なかったためです。2004年三月場所を最後に新弟子が入らず、2008年五月場所後からは竜勢(元多賀竜の息子)と鏡桜の2人だけになっていました。田口は2021年8月の記事で「鏡山は2人の弟子が続いただけに限界であった」と書いています。

Q. 鏡山部屋はいつ閉鎖しましたか?
2021年7月に閉鎖が正式に決まり、51年の歴史を閉じました。弟子は伊勢ノ海(元北勝鬨)部屋に移籍しました。

Q. 鏡山部屋を興したのは誰ですか?
横綱柏戸です。伊勢ノ海(元先代柏戸)部屋から独立して興しました。柏戸が58歳で亡くなると、弟子の元多賀竜が部屋を継ぎました。

Q. 元多賀竜の鏡山親方はいまどこにいますか?
2026年9月27日に確認した協会の年寄一覧では、鏡山(元関脇多賀竜)は追手風部屋の所属です。

Q. 柏戸が親方として育てた力士は?
小沼、蔵玉錦、多賀竜、起利錦らです。多賀竜は関脇まで上がりました。

▶ 消えた横綱の部屋シリーズ
〔元祖・常陸山〜朝潮〕①雷・東関(梅ヶ谷・太刀山) | ②宮城野・井筒(鳳・西ノ海) | ③芝田山・二所ノ関(宮城山・玉錦) | ④伊勢ヶ濱・立田川(照國・双葉山・鏡里) | ⑤二子山・振分(初代若乃花・朝潮)
〔続編・大鵬以降〕続①鏡山(柏戸)(本稿) | 続②花籠(輪島) | 続③間垣(2代目若乃花) | 続④藤島・貴乃花部屋(貴乃花)

▶ あわせて読みたい:相撲部屋と一門の系統 記事まとめ/伊勢ノ海部屋の力士一覧/58年前の相撲部屋

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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