大相撲

関脇連続在位記録 上

目立たない記録であるが、若隆景がきたる一月場所
で6場所連続関脇在位となった。1年間関脇を維持
するのは大変な偉業である。しかも今は1横綱1大
関で手薄なため、この記録は伸びる可能性を秘めて
いる。

<若隆景>

大関に昇進したら自動的に消滅するが、そのへんは
現時点では読み切れない。若隆景はどこまで記録を
のばせるのか。上には上がいる。

初代若ノ花は8場所連続関脇の記録保持者である。
この中には7勝7敗1分が含まれている。成績は72
勝45敗3分であった。三賞は3回受賞している。若
ノ花は内容はいいが、星数が足りないといわれてい
た。大関昇進によって記録は終わった。

<若ノ花のブロマイド>

若ノ花と同日大関に昇進した力士が松登である。7
場所連続関脇に在位した。殊勲賞を2回受賞してい
る。成績は66勝39敗である。大関昇進後は1ケタ勝
利しかあげられなくなった。

若ノ花の弟弟子大豪(前名若三杉)は7場所連続関
脇を記録した。平幕優勝から約4年経過しての記録
であった。殊勲賞を1度受賞している。成績は56勝
49敗だった。最後は4勝11敗で関脇の座を明け渡し
た。

前乃山は、大関昇進前は実力者であった。7場所連
続関脇記録を持つ。三賞は4回受賞している。成績
は68勝37敗だった。大関昇進で記録は消滅したが、
実力は下降していった。

<長谷川のブロマイド>

強豪関脇長谷川は2度8場所連続関脇の記録保持者
である。最初は昭和44年一月場所から昭和45年三月
場所である。大鵬の連勝が誤審でストップし、後半
は北の富士、玉乃島が台頭してきたときだった。
この時三賞受賞はなかった。成績は68勝52敗だった。

2回目は昭和46年五月場所から昭和47年七月場所で
ある。大鵬が引退し、玉の海が急死した時期である。
ここでは初優勝があり、三賞を2つ獲得している。
成績は1回目同様68勝52敗だった。

(この項目続く)

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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