大相撲

関脇以下の優勝争い2

引き続き関脇以下の優勝争いをみていこう。
昭和47年三月場所、千秋楽を迎えて関脇長谷
川は3敗、平幕魁傑も3敗であった。昭和
47年の最初の4場所は一人横綱北の富士が
不調、大関琴櫻・清國・前の山・大麒麟は
あてにならない存在だった。混乱のなかで
突如魁傑が浮上した。

魁傑は輪島と同じ日大だが、柔道部であった。
素材はよかったが、ようやく注目されるとこ
ろまできた。外掛けで横綱北の富士、長谷川
を倒してきた。大関では清國に勝っていた。

<魁傑>

千秋楽はともに勝って長谷川、魁傑の優勝
決定戦になった。四つに組んだまま決め手に
欠ける長い相撲になった。魁傑が外掛けに
いこうとするところを、長谷川は待ってまし
たとばかり出て優勝を決めた。なお、この
場所大関清國対関脇長谷川、関脇同士の輪島
対三重ノ海戦がなぜか組まれなかった。

<長谷川のブロマイド>

翌五月場所、千秋楽を迎え2敗は輪島で、
14日目に優勝が決定してしまった。大関は
前の山が陥落し、3大関となっていた。琴櫻
が途中休場し、大関は清國と大麒麟だけで
あった。一人横綱北の富士は途中休場した、

優勝本位の取組で3敗大麒麟を千秋楽輪島に
あてた。ところが14日目大関同士の一番で
大麒麟は清國に負けて輪島の優勝が決定して
しまった。大関同士が千秋楽に組まれなかっ
たからか、大麒麟に気迫が感じられないまま
の敗戦となった。ところが千秋楽、大麒麟は
優勝輪島に意地を見せ、執拗な相撲で勝った。
だが、前日の敗戦がたたって手遅れになって
いた。

<輪島>

同年七月場所、千秋楽を迎え、前頭4枚目
高見山が2敗、関脇貴ノ花が3敗であった。
この1差の状態は10日目直接の対戦で貴ノ
花が勝ってから続いていた。逃げる高見山、
追う貴ノ花という図式が続いた。

これまで外国人優勝はなかった。日本代表の
貴ノ花が必死で追いかけているように映った。
だが、千秋楽も両者勝って、ついに追いつか
なかった。一人横綱の北の富士は全休であっ
た。

<高見山>

(この項目続く)

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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