大相撲

3連覇以上の優勝2

速攻北の富士、天才輪島でも3連覇はでき
なかった。怪童北の湖の出現を待つしかなか
った。北の湖は若くして横綱になった。最初
は輪島に太刀打ちできない時期があった。
5連覇を達成したのは横綱21場所目からだっ
た。昭和52年のことであった。にくらしい
ほど強かった。ほかに3連覇がある。優勝
決定戦では負けることもあり、期待したほど
3連覇以上は少なかった。

<北の湖>

脱臼癖の千代の富士が投げから前褌を取って
出る相撲に変えて頭角を現してきた。横綱
4場所目から3連覇した。当時は千代の富士
が31回も優勝する力士になることは想像でき
なかった。5連覇を達成したのは31歳のとき
である。昭和61年から62年にかけてのことで
ある。その前に3連覇2度、5連覇のあと
4連覇を達成している。千代の富士の場合
30歳を過ぎても強かったことが大きかった。

<千代の富士>

曙は出世において同期の貴乃花より先行した。
平成5年七月場所から横綱として3連覇して
いる。貴ノ花(当時はこの字)はまだ大関
だった。優勝も曙6回、貴ノ花3回だった。
貴乃花は大関で連続優勝したが、新横綱でも
優勝して3連覇を達成している。1場所おい
て横綱で4連覇している。平成7年のことで
あった。さらに翌年3連覇している。

<曙>
<貴乃花>

時代はハワイからモンゴルへ。一人横綱時代、
朝青龍に対抗できる力士はいなかった。横綱
6場所目から4連覇している1場所おいて
平成16年十一月場所から7連覇という新記録
を成し遂げている。さらに白鵬の大関時代に
再び4連覇している。

<朝青竜>

白鵬が横綱になって1場所終えたあと、朝青
龍は夏巡業を休場した。このときモンゴルで
サッカーをするという事件が勃発した。朝青
龍は2場所出場停止となった。この間、白鵬
が2場所連続優勝した。朝青龍がもどって
きた平成20年一月場所は白鵬と朝青龍の1敗
同士の相星決戦となった。白鵬が上手投げで
制して3連覇を達成した。

白鵬は翌年も3連覇した。朝青龍が事件を
おこし、引退に追い込まれた。一人横綱と
なった白鵬は7連覇している。この時期に
63連勝した。日馬富士が横綱に昇進したが、
4連覇、鶴竜が横綱に昇進しても6連覇を
なし遂げている。白鵬は絶対的強者だった。

<白鵬(右>

常ノ花から照ノ富士まで横綱は42人誕生して
いる。このうち3連覇以上した横綱はわずか
11人にすぎない。まさに選ばれし者である。
照ノ富士が一月場所3連覇を逃したことは
大きな損失であった。だが、まだチャンスが
ないわけではない。照ノ富士は今後3連覇を
達成するのか。注視される。

(終わり)

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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