大相撲

若元春の出世街道

ご存知、大波3兄弟=若隆元、若元春、若隆
景の次男。母方の祖父は時津風(元双葉山)
部屋の若葉山であり、昭和26年に殊勲賞を
受賞している。父は、元幕下の若信夫という
相撲一家である。

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福島県出身で地元の高校相撲部に在籍して
いたが、2011年の東北大震災によって、兄が
入門していた荒汐(元大豊)部屋に身を寄せ
ていたことがあった。高校卒業を待たず、
荒汐部屋に入門した。

<序ノ口優勝>

前相撲荒大波の名で土俵にあがることになっ
た。すぐに剛士に改名。序ノ口で優勝した。
1年後は幕下と順調に出世したが、幕下では
3度三段目に落ち、苦戦した。結局序ノ口
から新十両まで43場所かかった。7年と1場
所に及んだ。年別の成績は以下である。

2012年 29勝13敗
2013年 23勝16敗3休
2014年 20勝22敗
2015年 19勝16敗7休
2016年 27勝16敗
2017年 22勝20敗
2018年 23勝19敗
2019年 7勝 

<幕下時代>

低迷は2014年、2015年、苦戦は2017年であっ
た。2017年五月場所から若元春に改名した。
成績は170勝121敗10休であった。25歳のとき
だった。弟の若隆景は2018年五月場所に十両
入りをしていた。

ところが、新十両では5勝10敗と大敗した。
たちまち幕下に逆戻りした。幕下で3場所
かかって十両にも戻ったものの、1場所で
またも幕下に逆戻りした。まだ十両を維持
する力はなかった。

<新十両>

十両に定着したのは2021年三月場所からで
あった。無観客開催の大阪場所である。26歳
になっていた。十両では一進一退だった。
再々十両は9場所かかって2022年一月場所
ついに新入幕を果たした。再々十両のなかの
成績15休は部屋ごと新型コロナウイルスに
よる部屋全体休場であって、番付はそのまま
であった。

<2021年11月 王鵬に勝利>

新十両から実に16場所かかった。序ノ口から
10年かかっての入幕となった。弟の若隆景は
2019年十一月場所すでに入幕していた。苦労
人若元春は143キロ、左四つ寄りを得意として
いる。28歳になった。「弟には負けない」と
語っている。

生活が通常のリズムに戻ってきました。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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