大相撲

短命横綱考

七月場所の御免札が16日に名古屋城東門近く
に設置された。いよいよ地方場所が開催され
る雰囲気が高まってきた。一部分にせよ、
無観客という雰囲気は伝わってこない。照ノ
富士は愛知県体育館で綱取りに挑むことに
なる。照ノ富士は幕内最強だが、ひざがどれ
くらいもつか。年齢が29歳だからいつまで
取れるか。この2つが懸念される。

<照ノ富士>

横綱といってもピンキリがある。なかでも
悩ましいのが短命横綱である。将棋には単な
る名人と5期維持した永世名人があり、区別
されている。短命横綱といっても特別定義が
あるわけではない。そこで年2場所が原則の
明治・大正・昭和戦前は横綱フル出場が3年
未満を短命横綱とした。実質横綱が地位化
した常陸山以降の東京横綱では以下の横綱が
短命であった。

鳳  横綱フル出場4場所
2西ノ海横綱フル出場1場所
3西ノ海横綱フル出場3場所
武蔵山 横綱フル出場1場所
安芸ノ海横綱フル出場5場所

3代目西ノ海に横綱最高成績が1回あるが、
ほかはない。戦前に誕生した横綱は常陸山
から照國まで、東西合併で大阪から来た横綱
宮城山を入れて17人いる。そのうち5人だか
ら結構な割合である。29%である。

<2代目西ノ海のブロマイド>

戦後、大相撲の場所数は変動期である。年
6場所制は昭和33年から始まった。この時期
は横綱フル出場2年未満を短命とした。場所数
の変動期の横綱は考慮することにした。戦後、
名大関はみな横綱に昇進できただけに短命
横綱が減ることはなかった。

前田山 横綱フル出場2場所
朝潮  横綱フル出場9場所 優勝1回
栃ノ海 横綱フル出場9場所 優勝1回
琴櫻  横綱フル出場6場所 優勝1回
三重ノ海横綱フル出場4場所 優勝2回
隆の里 横綱フル出場8場所 優勝2回
双羽黒 横綱フル出場6場所
旭富士 横綱フル出場6場所 優勝1回
3若乃花横綱フル出場5場所
稀勢の里横綱フル出場2場所 優勝1回

前田山から稀勢の里まで34人の横綱中10人が
短命横綱である。割合は29%である。太く
短い横綱人生といえば聞こえはいいが、横綱
として適切だったとは言い切れない。横綱
としてふさわしくないのは、弱い横綱・物
足りない横綱にもいえる。

<前田山のブロマイド>

玉の海梅吉氏は横綱昇進直前成績に異議を
となえた「5場所くらいみて安定感をはかっ
たほうがいい」。評論家の天竜三郎氏は言う
「横綱は精神面も含めてどっからいっても
大丈夫という見通しがたって初めてなれる
もの」。双葉山に傾倒した小坂秀二氏は見解
を示した。「横綱はどうぞなってください
というものである」させるものではない。
ましてつくるものではない。横審は誕生時
から存在意義を問われてきたが、それは今も
変わらない。

ゲリラ豪雨にはまいります。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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