大相撲

横綱フル出場なしの場所1

三月場所、横綱白鵬は途中休場、横綱鶴竜は
休場途中で引退を表明した。これで横綱フル
出場なしは5場所連続になった。一人横綱に
なる白鵬はすでに五月場所休場を明言して
いる。これで6場所連続横綱フル出場なしに
なる。この間の優勝は以下である。

2020年
七月場所 幕尻 照ノ富士
九月場所 関脇 正代
十一月場所大関 貴景勝
2021年
一月場所 前頭筆頭 大栄翔
三月場所 関脇 照ノ富士

<白鵬>

5場所中大関の優勝は1回である。これまで
横綱フル出場なしの場所はどれくらいあり、
優勝は誰がしたのか調べてみた。実質横綱が
地位化した明治37年春場所以降を対象とした。

■明治 3回
常陸山、2代目梅ヶ谷が同日横綱に昇進して
から最初に横綱フル出場なしとなったのは、
明治40年春場所である。この場所横綱常陸山
は全休、横綱梅ヶ谷・大砲は途中休場であっ
た。優勝制度はまだなかった。正式の優勝
制度は大正15年からである。最高成績は國見
山の6勝1敗2休であった。しかし、実質は
大関荒岩の6勝2敗1分が上だった。

<常陸山のブロマイド>

次が明治42年春場所である。両国国技館で
相撲を取る前場所であった。横綱常陸山・
梅ヶ谷ともに途中休場であった。梅ヶ谷は
実質1日残していただけであった。当時千秋
楽に幕内力士は出場しなかった。梅ヶ谷が
7勝1分1休で最高成績だった。

<梅ヶ谷のブロマイド>

3回目は明治43年夏場所である。横綱常陸山
は途中休場。横綱梅ヶ谷は初日から休場後
2日間出場し、再休場した。国技館開設から
時事新報社が幕内最高成績者の額を国技館
に掲げることを始めていた。この場所の時事
新報社認定の幕内最高成績者は大関太刀山で
あった。成績は9勝1分であった。太刀山は
引き分け、預かりを挟んで43連勝中であった。

<太刀山のブロマイド>

■大正 1回
大正は1回だけである。それは大正4年春場
所であった。横綱太刀山は全休。横綱梅ヶ谷
は途中休場であった。時事新報社認定の幕内
最高成績者は大関鳳であった。鳳は翌場所
横綱に昇進した。だが、横綱で時事新報社
認定の幕内最高成績者となることはなかった。

(この項目続く)

ひんやりした気温です。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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