連勝。それは強いだけではできない。選ばれ
し者だけがなしうる金字塔である。双葉山は
いつまで勝ち続けるのか。双葉山は100連勝
を目指しているのでは。双葉山を倒すのは
誰だ。いつの時代にもこういう声はある。
相撲ファンは英雄を崇拝しつつも、誰が
どういうカタチで倒すかという興味も尽き
ない。
![](https://dohyounomokugekisya.net/wp-content/uploads/2020/03/太刀山、-e1585631577573.jpg)
■太刀山
明治42年夏場所、両国国技館の開設とともに
太刀山の連勝は始まった。新大関のときで
ある。当時は10日制で7日目碇潟に敗れた
翌日から連勝は始まった。翌場所は6勝2分
1預かりであった。これは厳密には連勝で
ないが、取り直し制度がないため、時代の
限界であった。この場所は6連勝とする。
ただし、取組は東西制のため、同じ方屋の
力士との対戦はない。太刀山対横綱2代目
梅ヶ谷戦はない。単純計算すれば強豪は
半減するわけである。
大関時代
明治42年夏場所 8勝2敗 3連勝
明治43年春場所 6勝2分1預1相手休
明治43年夏場所 9勝1分
明治44年春場所 8勝1分1預
横綱時代
明治44年夏場所 10勝
![](https://dohyounomokugekisya.net/wp-content/uploads/2020/03/太刀-山-e1585631650725.jpg)
こうして迎えた明治45年春場所、太刀山は
初日から連戦連勝で7連勝。通算43連勝に
到達した。こうして迎えた8日目。対戦相手
は 大関2代目西ノ海である。ここまでの対戦
成績は太刀山の5勝1敗1分である。西ノ海
が勝ったのは、錦洋と名のっていて、太刀山
が関脇のときであった。
太刀山(○●…○○…○△…○…)西ノ海
日本相撲史中巻(酒井忠正著 ベースボール・
マガジン社刊)によれば、相撲は次のように
展開した。立ち上がるや太刀山が烈しく突か
けるのを西ノ海は体を右に開いて、太刀山の
空をつくところを素早く叩けば、太刀山は
脆くも四つん這いとなり、西ノ海の勝ちと
なる。
![](https://dohyounomokugekisya.net/wp-content/uploads/2020/03/西の海絵ハガキ-e1585631612389.jpg)
太刀山の連勝はこうしてストップされた。
なお、太刀山はこの後56連勝したということ
が、まことしやかに伝わっているが、正確
には違う。
明治45年夏場所 10勝
大正2年春場所 全休
大正2年夏場所 10勝
大正3年春場所 10勝
大正3年夏場所 8勝1預1相手休
大正4年春場所 全休
大正4年夏場所 10勝
大正5年春場所 全休
全休が3回ある。全休は自己都合によるもの
なので連勝を中断するものである。太刀山が
負けることは、めったになかったことは確か
である。人によっては史上最強にあげている。
連勝をストップされた西ノ海に、太刀山は
その後6連勝している。
太刀(●○…○○○…○…○………)西
地元のスーパーで買占めに走る方はいませんでした。
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