大相撲

知られざる十両優勝

2018年8月16日

七月場所千秋楽、十両で貴ノ岩対隆の勝の
優勝決定戦がおこなわれた。貴ノ岩が勝利し、
平成25年一月場所以来2回目の十両優勝と
なった。5年半ぶりの十両優勝であった。
優勝賞金200万円とともに貴ノ岩は来場所の
再入幕を決定した。
180722千秋楽十両 1041
<貴ノ岩と隆の勝の十両優勝決定戦>

協会が幕内力士の最高成績者を表彰したのは、
大正15年からであった。優勝第1号は常ノ花
であった。協会が十両最高成績力士を最初に
表彰したのはいつからか。実ははっきりしな
い。そもそも十両は昭和2年まで対戦数が
力士によってまちまちであった。6番しか
取らない力士がいたかと思えば8番取った
力士がいるという具合であった。また、幕内
は東西制だが、十両はそうではなかった。
ここでは便宜上昭和3年以降の十両最高成績
力士をみていこう。

昭和3年春場所以降平成30年七月場所まで
448場所経過した。優勝の分類は以下である。
全勝…10
1敗…40
1敗1分…1
2敗…96
3敗…144
4敗…119
5敗…37
6敗…1

15戦全勝は栃光、内田(後の豊山)、北の
富士、把瑠都、元小結ながら栃ノ心の5人で
ある。実力が僅差のなかで15戦全勝は驚異で
ある。

最多十両優勝は益荒雄の5回である。再十両
でⅠ回、2度目の十両陥落で1回、
4度目の十両陥落でⅠ回、5度目の十両陥落
で2回優勝している。まとめると以下である。
昭和60年七月場所
昭和61年三月場所
昭和63年十一月場所
平成2年一月・三月場所
最初の十両優勝から最後の十両優勝まで5年
近くかかっている。これに続くのが朝登、
播竜山、大錦、鳳凰、小城乃花、若の里の
4回である。
若花田
<若花田>

横綱で十両優勝を経験しているのは、以下である。
武蔵山
前田山
羽黒山
照國
東冨士
千代ノ山
米川(後の朝潮)
富樫(後の柏戸)
大鵬
花田(後の栃ノ海)
琴櫻
北の冨士
輪島
隆ノ里
保志(後の北勝海)
北尾(後の双羽黒)
若花田(後の3代目若乃花)
武蔵丸
白鵬
安馬(後の日馬富士)
ここには意外にも双葉山、栃錦、初代若乃花、
玉乃島(後の玉の海)、北の湖、千代の富士、
貴乃花、朝青龍という名は出てこない。
若秩父
<若秩父のブロマイド>

語り草となっている十両優勝決定戦がある。
昭和33年五月場所7人の若手若秩父、富樫
(後の柏戸)、北葉山、明歩谷(後の明武谷)、
若三杉(後の大豪)、冨士錦、玉響とそう
そうたるメンバーによる十両優勝決定戦で
ある。若三杉と玉響は新十両であった。これ
ほど豪華な十両優勝決定戦は2度とおこなわ
れないかもしれない。

歯医者にいくことになりそうです。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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