白鵬が優勝に苦しんでいる。三月場所は新横
綱稀勢の里に立ちふさがるかと思われたが、
予想に反して途中休場してしまった。白鵬は
元々横綱休場の少ない力士だった。横綱連続
皆勤48場所の最高記録をもつ。続くのが北の
湖の42場所である。白鵬は横綱になって3場
所しか休場がないから少ないといえるが、
すべて30歳をすぎてからである。ここへきて
5場所連続優勝がなく、そのうち2場所は
休場によるものである。五月場所は休場あけ
になる。白鵬ははたして優勝できるのか。
<三月場所 勢に敗れ休場した白鵬>
ほかの横綱は休場あけでどのくらい優勝して
いるのか調べてみた。それが以下である。
太刀山から栃木山までは時事新報社が幕内
最高成績者の優勝額を国技館に掲げるために
制定された優勝である。栃木山は休場の少な
い横綱だが、休場あけからの優勝が1度ある。
3連覇して取り盛りのうちに引退してしまっ
た。相撲に対してひたむきで一途な人であっ
たという。
協会が引き分け、預かり、不戦の制度を整備
しつつ優勝を設定したのが、大正15年からで
ある。休場あけで6度も優勝したのが大鵬で
ある。若くして横綱になり、長期在位のなか
とはいえ、驚異的である。特に左肘や多くの
故障から、5場所連続休場のあと3連覇、
45連勝している。大鵬が不死鳥とも呼ばれた
要因もここにある。
<不死鳥大鵬>
大鵬の32回優勝に迫った千代の富士も6回
休場あけに優勝している。なにしろ新横綱の
場所で途中休場してしまったほどである。
千代の富士は横綱の寿命が長かったため、
6回に及んだ。ただしその間連続休場はない。
昭和61年から晩年までの5年間休場あけ優勝
が続いた点は大鵬と類似している。
<ウルフ千代の富士>
北勝海は腰痛に苦しんでいた。その結果3場
所連続全休する事態に陥った。平成にはいり、
再起をかけた一月場所で旭富士との優勝決定
戦を制し、平成初の優勝に輝いた。朝青龍も
休場あけ優勝が目立つ横綱だった。しかし、
悲痛を感じさせることがなかったのは、性格
によるものか。お騒がせ面が表に出すぎた
せいか。引退も突然だった。
<お騒がせ横綱朝青龍>
白鵬は未知の領域である休場あけ優勝ができ
るのか。再び稀勢の里の前に立ちふさがる
ことができるのか。先人に学んでいただき
たい。
GWが近いので郵便局の利用は早めにを
目指しています。
興味深いテーマをこれからもお届けます。
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