神風正一は、NHKの大相撲中継で昭和28年夏場所から昭和62年三月場所まで34年間、解説を務めた元関脇。わかりやすい解説と滑らかな舌の回転、聞きやすい声で、大相撲を視聴者に広く知らしめた。相撲記者の田口 通廣は、その解説を一言で「明解」だったと評している。
※現役時代は玉錦の門下で、最高位は関脇。昭和25年三月場所に番付編成への不満から引退した。
神風正一はどんな解説者だったか|一言でいえば「明解」
大相撲ファンのほとんどは、テレビで大相撲を楽しんでいる。それだけに大相撲中継は大事な役割を担う。その中継で一時代を築いたのが、NHKの解説者・神風正一である。
田口は、神風の解説を一言でいうと明解だったと書く。わかりやすい解説と滑らかな舌の回転で、聞きやすい声だった。
名調子で、打てば響く。それが神風の解説で、田口は大相撲を視聴者に広く知らしめた功績者だったと書く。
解説の中身|腕を返す、もろ手突きを戒める、なまくら四つ
神風は解説で、こう説いた。さしたら腕(かいな)を返す。もろ手突きはいけない。
右でも左でも四つで取る力士は、なまくら四つといって戒めた。田口は、相撲の技能に関しては天下逸品だったと評している。
もろ手突きは、はずされると大きくバランスを崩す。そこで神風は、交互に突くことを勧めた。田口がこの記事を書いた2016年の時点でも、もろ手突きはけっこう見られた。
力士の側からは「神風さんの言う通りの相撲が取れれば、神がかり的な力士が誕生しますよ」という声が出たほどだった。
「玉玉時代」|玉の海と北の富士を評したユニークな表現
ユニークな表現もあった。横綱玉の海が安定した相撲を取る一方で、横綱北の富士の調子に波があったころのことである。
神風は「これでは北玉時代ではなく、玉玉時代である」と語った。

神風正一の経歴|玉錦の門下で最高位は関脇
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生まれ | 大正10年10月19日、香川県大川郡(5人兄姉の末っ子) |
| 入門 | 玉錦の門下(二所ノ関部屋) |
| 初土俵 | 昭和12年1月(同期に三根山・輝昇) |
| 最高位 | 関脇 |
| 引退 | 昭和25年三月場所(番付編成に不満をもって) |
| 引退後 | 片男波を襲名。昭和28年1月に相撲界を離れる |
| NHKの解説 | 昭和28年夏場所〜昭和62年三月場所(34年間) |
神風は大正10年10月19日、香川県大川郡で5人兄姉の末っ子に生まれた。玉錦の門下に入り、昭和12年1月に初土俵を踏んだ。同期には三根山と輝昇がいる。
当時の二所ノ関部屋では、横綱玉錦が午前4時に稽古場へ降りた。田口は2016年のこの記事で、「今の横綱は問題にもならない」と書いている。
最高位は関脇。昭和25年三月場所、番付編成に不満をもって引退した。引退後は片男波を襲名したが、昭和28年1月に相撲界を離れた。
解説者になったきっかけ|昭和24年の「街頭録音」
きっかけは現役時代にあった。昭和24年一月場所は、東京の浜町仮設国技館で開かれた。場所中の打ち出し後に、NHKの人気番組「街頭録音」が生中継された。
テーマは「大相撲に望むこと」で、増位山と神風が答えた。神風の聞きやすい口調、頭の回転の速さ、論旨の一貫性に感心したのが、番組担当の藤倉アナと相撲担当の志村正順アナだった。
このとき二人は、将来は神風に解説を、と決めていた。解説は昭和28年夏場所から昭和62年三月場所まで、34年間続いた。
ラジオで始まった解説の日々や、放送席での心がけは名解説者!神風でたどっている。
神風の解説を、今のファンが聞いたら
田口は、もし今の相撲ファンが神風の解説を聞いたら、大相撲はいっそう楽しく、面白く、興味深いものになっているにちがいないと書く。
今となっては、その歯切れのいい口調が懐かしく思い出されるという。
神風が選んだ強豪の顔ぶれは神風が選んだ強豪ベスト10に、玉の海梅吉と並べた解説の思い出はなつかしく思える神風・玉の海の解説にある。今の解説者は大相撲 解説者 一覧にまとめた。
神風正一についてよくある質問
神風正一はどんな人ですか?
元関脇の相撲解説者です。NHKの大相撲中継で昭和28年夏場所から昭和62年三月場所まで34年間、解説を務めました。わかりやすい解説と聞きやすい声で知られました。
神風正一の現役時代の最高位は?
関脇です。玉錦の門下で昭和12年1月に初土俵を踏み、昭和25年三月場所に番付編成への不満から引退しました。
神風正一が解説者になったきっかけは?
昭和24年一月場所の最中に、NHKの「街頭録音」に増位山と出演したことです。口調や頭の回転の速さ、論旨の一貫性に、藤倉アナと志村正順アナが感心しました。
神風正一の解説には、どんな特徴がありましたか?
さしたら腕を返す、もろ手突きはいけない、なまくら四つを戒める、といった技術論です。「玉玉時代」のようなユニークな表現もありました。
