大相撲

続玉の海梅吉氏が残した言葉1

2016年9月30日

玉の海梅吉氏はNHKの解説者だった。また、
新聞・相撲専門誌に執筆もしていた。そんな
玉の海梅吉氏が生きた時代に大相撲に触れ
られたことは、この上ない幸せなことだった。
玉の海梅吉氏にみる土俵の心が、筆者をとら
えて離さないのだ。相撲を見る目は常に玉の
海梅吉氏を通している。そんな玉の海梅吉氏
が残した言葉に次のようなものがある。
玉の海梅吉

<これが大相撲だ 玉の海梅吉著潮文社刊>
 
毎春場所、最近では百人を超える若者たちが、
大きな夢、希望に燃えて相撲界の門をたたく。
大抵は、テレビなどに映る、カッコいい土俵
姿の力士にあこがれ、職場、就職のつもりで
入ってくる。土俵には、地位も名誉も名声も
……人間の欲望を満たすあらゆるものが
埋まっているという「錯覚」にとらわれている
者が多い。

(中略)華やいだ土俵入りの出来る関取の座
につける者はその中のほんのわずかだ。ほと
んどの力士は、上位に上がってくることさえ
も出来ない。上位に上がってもなお、力士を
職業、土俵を職場ととらえている人が少なく
ない。私はこのような相撲のとらえ方は誤り
ではないかと思っている。(中略)土俵は単
なる赤土である。地位、名声、金を求める場
ではない。

(中略)私は心身を鍛えた力士たちが、お互
い、己の限界に挑み、その極限を見つめる
厳しい場であって、私の場合、自分の生きる
指標を無言の中に示してくれた、唯一の師匠
であったととらえている。(中略)
 
「玉の海さんの精神論は分かりますよ。でも
時代が違いますからね」と言う。私は答える。
「時代が違うと言うんだったらさあ、どうだ
ろう、チョンまげも切ってしまったら」話は
ここで物別れに終わる。(これが大相撲だ 
潮文社刊より)

玉の海梅吉氏の言葉は続く。

(この項目続く)

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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