大相撲

昭和・平成の10大ニュース7 玉の海急死

2015年11月17日

玉の海が急死したのは昭和46年10月11日のことである。
現役横綱の死は衝撃的な出来事だった。

玉の海は虫垂炎を患っていた。玉の海は持ち前の責任感
から切らずに注射で散らしていた。それが夏の巡業、九
月の本場所と長期に渡っていた。

場所が終われば今度こそ手術のはずが、そうはいかなか
った。運が悪いことに一門の大先輩大鵬の引退相撲が、
10月2日に控えていた。結局玉の海が入院したのは10月
4日であり、手術は6日になった。虫垂炎の手術だから
大事にはいたらないと誰しも思った。だが、それから5
日後の10月11日、様態は急変した。思いがけず、右肺動
脈幹に発生した血栓症が原因で横綱玉の海は帰らぬ人と
なった。
玉の海
<玉の海>
 
27歳の青年横綱玉の海の急死。それはあまりにも突然で、
大相撲に触れてからこれ以上ない悲しみの出来事だった。
日本中の大相撲ファンが玉の海の死を惜しんだ。まだ取
り盛り、双葉山の域にどこまで近づけるか。そんな楽し
み、可能性さえ失ってしまった。玉の海の死は相撲界に
とって、あまりにも大きな損失だった。

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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