大相撲

■秋4日目 熱戦の日は微妙な勝負判定の日

2015年9月16日

連日満員札止めが続く国技館。これ以上はないという過
熱にこの日は相撲内容で応えた。とかく優勝争いに目が
いきがちだが、優勝争いができるのはほんの一握りの力
士に過ぎない。本来相撲は一番一番の内容が問われるも
のである。どういう相撲を取ったか。問題は勝ち方であ
り、同時に負け方なのである。

さて満員札止めの観客に対して相撲内容で応えたのは次
の3番である。豪栄道-逸ノ城、碧山-稀勢の里、大砂
嵐-鶴竜である。

まず、豪栄道対逸ノ城戦。相撲は逸ノ城の寄り立てに豪
栄道が後退して捨て身の首投げ。豪栄道は土俵外に吹っ
飛び、逸ノ城は前に傾きながら手がつかないようこらえ
ながら落ちた。行司の軍配は逸ノ城。物言いがついて長
い協議になったが、豪栄道の勝ちになった。しかし、勝
負はかなり微妙で不可思議な勝負結果になった。

150916四日目幕内 689
<逸ノ城対豪栄道>

次は碧山対稀勢の里戦である。終始寄り立てた稀勢の里
だが、東土俵で回り込んだ碧山に稀勢の里がついていけ
ず、前倒しになった。このとき土俵を割った碧山だが、
傾いた稀勢の里の足も土俵外の砂をはいた。軍配は稀勢
の里にあがった。勝ち名乗り、懸賞金が渡されたとき、
突然物言いがついた。このタイミングの悪さは何だった
のか。この一番も長い協議になり、稀勢の里の勝ちにな
った。またしても勝負はとてつもなく微妙で疑問が残る
勝負結果になった。

150916四日目幕内 772
<稀勢の里対碧山>

2横綱休場のなか、最後の砦鶴竜は右四つ上手が取れな
い不利な体勢。対戦相手の大砂嵐は上手、下手を取って
引き付けて出る。鶴竜は右下手で投げを打ってこらえる。
この攻防の中から最後まで粘った鶴竜が最後に大砂嵐を
突き落とした。鶴竜の辛抱勝ちであった。

150916四日目幕内 1063
<鶴竜対大砂嵐>

大相撲が終わった後、知人から電話があった。豪栄道対
逸ノ城戦、碧山対稀勢の里戦をどう見たか。取り直しが
妥当ではないかという内容であった。確かに取り直しの
ほうがすっきりしたかもしれない。熱戦の日は微妙な勝
負判定の日となった。

いつもご愛読ありがとうございます
よろしければ下部2カ所をクリックして応援してください。
”土俵の目撃者”
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
にほんブログ村 


相撲 ブログランキングへ 

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑  

当サイトはブログランキングに参加しています、どうか応援をお願いいたします!

 

当サイトはブログランキングに参加しています、どうか応援をお願いいたします!

【ブログランキング】で、土俵の目撃者を応援して頂けるかたは↓をクリック


【日本ブログ村】で、土俵の目撃者を応援して頂けるかたは↓をクリック
にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
にほんブログ村
  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

-大相撲
-

Copyright© 土俵の目撃者(毎日更新) , 2020 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.