大相撲

■初4日目 照ノ富士の可能性

2015年1月15日

照ノ富士はいっそう強くなって土俵に上がっている。
横綱白鵬相手に右四つ素早く上手を取った。白鵬は上手を
取れず、素早くまきかえ双差し。照ノ富士は白鵬の腕を
きめにいく。この形で照ノ富士は今場所豪栄道を倒して
いる。白鵬は反応の早さが強さの一つだが、この体勢が
しばらく続いた。白鵬は差し手はいるが、下手をとりには
いかない。すぐには攻められなかった。ここに照ノ富士の
強さをみた。

150114四日目幕内 1913

この一番結局は白鵬が一瞬のすくい投げで勝利したが、
照ノ富士恐るべしを印象付けた。照ノ富士は遠藤、大砂嵐
と一味違う。照ノ富士は本格的な四つ身を身につけられる
素材である。それは右四つの型になれば磐石であり、
同時に胸を合わせる取り口である。

150114四日目幕内 1921

型というのは、こうなったら十分の力が発揮できる体勢で
あって、うまい相撲というのは常に十分な力が発揮できる
体勢をつくれる力士である。相撲は本来頭をつけて戦う
ことは理にかなっていて大きい相手の場合、非力な力士には
有効な戦法である。しかし、相撲に大きさを感じさせる
のは胸を合わせる取り口である。

150114四日目幕内 1946

双葉山、玉の海はまさに右四つの型、胸を合わせる取り口
だった。照ノ富士はスケールの大きい相撲を取るだけの
逸材である。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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