琴奨菊は智略力士安美錦に対して押して出た。しかし、
ダイブして安美錦を押し出すも手が早くついて3連敗と
窮地に追い込まれた。連敗の横綱日馬富士は勢に対して
変化気味に上手を取って一瞬の投げで決めた。この日
日馬富士が負けていれば途中休場の雰囲気が出たかも
しれない。これはいいことなのか。
<琴奨菊対安美錦>
日馬富士はまずケガをしっかり直す。次に稽古を十分に
する。その上で土俵に上がったほうがいいという意見が
ある。その通りだと思う。しかし、いったん出場を決めた
のなら最後まで出る強い意志が不可欠だ。
横綱・大関の途中休場はともすれば負けが込んで、追い
詰められてのケースがこれまでの歴史だった。これは
悪しき慣習だと思っている。この悪しき慣習に対して
まったく異なる姿勢で土俵に臨んだ横綱がいた。玉の海
である。
横綱玉の海は虫垂炎を注射で散らしていた。1971(昭和
46)年九月場所、周囲は休場をすすめた。これに対して
玉の海は出場を決めた。「ぶざまな相撲を取ったら遠慮
なく批判してください」とNHK解説者であり報知新聞の
切り捨てご免欄の筆者である玉の海さんに語っている。
横綱玉の海はこの場所不調ながらも右四つ、腰でとる相撲
を取り、12勝3敗で乗り切り横綱の責任を果たした。
負けが込んだら途中休場する横綱・大関は玉の海に学べ。
<取組写真は場所後順次掲載予定>